「情報汚染」対策、メディア幹部が持つべきは専門性より「鑑識眼」

ワクチン陰謀論は「文系」が陥りがちだった説も
歯学博士/医療行政アナリスト
  • ウクライナ、コロナなどの報道で、専門家とメディアの関係性に見直し論
  • 大学院での学び直しも提唱されたが、「求められているのは鑑識眼」と筆者
  • 医療が専門外のメディア関係者が医療情報を判別する方法は?

ウクライナ侵略・新型コロナウィルスなどの報道を通じて、専門家とメディアの関係性に関心が高まっています。先月、国際政治学者の岩間陽子氏は「(メディアの)幹部候補社員は国内外の大学院へ行かせるくらいのことをしなければ、とてももたない」と問題提起しました関連記事はこちら

情報が氾濫する時代、SNSを通じて誰でも情報を調べ広めることができます。メディアに求められているのは社員の学歴を高めるより、より価値のある情報を提供できる専門家を見繕う「鑑識眼」ではないでしょうか。

style-photography /iStock

Voicy炎上で浮き彫りになった課題

一方で我々医療専門家側も公衆衛生活動としてメディアを無視できない時代に。WHOはSNSでデマや風評被害が拡散される現象を“情報の感染症” インフォデミックとし、公衆衛生上の重要な課題と位置付けました。

その治療法には①マスメディアとの連携を深める、②プラットフォームに働きかけ信頼できる情報源に誘導する、③SNSで専門家が質問やウワサに回答することが提示されました。

参照記事:How to fight an infodemic. – Lancet

今年2月、 “日本最大級の音声プラットフォーム” を標榜するVoicyにて配信された医療有資格者による情報の一部が不適切であると、視聴した多くの医療専門家から批判が集中。

これに対し運営は速やかに健康・医療情報に関する規約を強化。当該配信者は長年同業者からの忠告に耳を貸しませんでしたが、運営から指摘されると発信内容を改善し現在では公益に資する発信活動へと変化しました。

参照記事:Voicy、不正確な医療情報への対応強化 番組に複数指摘…「信頼される音声プラットフォーム目指す」: J-CAST ニュース

私はこれを発信者が収益化を意識するほどプラットフォームの意向は無視できない好例と捉えています。

医師独自のプラットフォームに脚光

2016年に無数の医療デマ記事を掲載したDeNA社のWELQは、最終的には行政が乗り出してサイト閉鎖に至りました。行政や法による締め付け強化は情報発信自体を委縮させかねないため慎重を期さなければなりませんが、今回の事例は通報を受けた自主的なガイドラインの変更です。

Googleは検索順位に関して「お金と健康」に関する記事にはEAT専門性・権威性・信頼性の略)を重視。不適切な医療情報の掲載は、検索順位が収益に直結するメディアにとって高いリスクとなる仕組みが既に出来ています。

年々増える医師らのプラットフォーム発信だが…(Prot Tachapanit /iStock0

もう一つの動きは医師たちが直接発信する、独自のプラットフォームの増加です。

HPVワクチンの再評価につながった「みんパピ!」や新型コロナ関連で厚労省より表彰された「COV-Navi」などの成功例に続き、詐欺医療対策をテーマとした「サギプロ」や分かりやすい医療情報を目指す「Lumedia」などがクラウドファンディングを開始。

これらの新興有資格チームが乱立する一方で発信の正確性と専門性を高めようとした結果としての揉め事も散見されますが、一般の方々にとっては有益で独立した複数の団体から同様の発信があるのは情報の信頼性を増し相互批判による切磋琢磨や自然淘汰も期待されます。

青・黄・赤…情報判別で最も悪質なのは?

venakr /iStock

ではメディア当事者も含めた専門外からは理解が難しい「不適切な発信」とは何でしょうか。まず大別して医学研究に基づき「推奨される方法」「効果不明な方法」「有害な方法」に分けられます。青信号・黄色信号・赤信号と捉えても良いでしょう。

思いつく限りあらゆる方法は、学位やポストを獲得するために研究テーマに飢えている世界中の研究者によって論文化されます。その中で明確に効果があるものにはどんどん予算と研究者が集まり、最終的に公的機関や主要学会などのガイドラインに載りその一部は保険適応となるのが「青信号」の方法です。

一方でかつて行われていた方法や効果がありそうな方法が、いざ研究してみたらデメリットが大きいことが分かったというのが「赤信号」。

そして最もフェイクニュースやデマ医療のテーマとなるのが「黄色信号」で、ここには研究してもまだ効果がはっきりしていないものや、有害ではないが有益でもないものが含まれます。ある程度効果があれば研究者は放っておかないので、黄色信号のほとんどは改善効果が極めて小さく実質的に意味がないと言い換えられます。

この「黄色信号」の方法を誇大広告して患者を集め適切な治療へのアクセスを妨害するのが、不適切な情報の本質的な問題。高額な金銭を要求するならさらに悪質です。

“騙されやすい文系”が特に留意すべきは?

冒頭の問題提起で岩間氏は「理系の大学院卒」を専門家の具体例とあげましたが、これは論文の行間に潜んでいるウソとホントを見分ける能力の担保と言い換えられます。“いわゆる” 文系は、理系に比べてワクチン陰謀論に陥りやすかったという論文も。メディアの記者、編集者の多数派は文系出身者と思われるので、“騙される”リスクと隣り合わせと考えるべきでしょう。

公的機関や学会がグルになって情報操作しているといった陰謀論者は、研究者たちの貪欲さとガイドライン作成の苦労を知りません。信号機の色をどのように決めたか全ての手法は公開されており、再現性や不十分な点を評価できます。

メディアの「お金と健康」責任者は、一部専門家がデータを歪曲し感情論で煽ってもそれがおかしいとわかる程度の鑑識眼を持つ人材であってほしいと願っています。

参照記事:Vaccination conspiracy beliefs among social science & humanities and STEM educated people—An analysis of the mediation paths (plos.org)

 
歯学博士/医療行政アナリスト

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