ロシアとウクライナで輸出の約3割!小麦の不足が世界に紛争の種を撒く

世界各地に広がる政治の不安定化要因に
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
  • ウクライナ紛争が拍車をかけるインフレで世界的な小麦不足に
  • ロシアとウクライナだけで世界の輸出の3割弱。紛争で需給バランス崩壊
  • 北アフリカ諸国や中東諸国は特に不足。今後世界中で政治の不安定要因に

昨年の春からアメリカをはじめ世界で物価が上昇している。新型コロナによる供給制約や行動規制緩和に伴うリベンジ需要の盛り上がり、超金融緩和による過剰流動性の存在などが理由だが、最近はこれに加えてウクライナ問題で天然ガス、原油などのエネルギーや小麦などの食品の価格が急騰している。

資料:Nasdaq, CBOT Wheat Future

ウクライナ侵攻後、高止まり続く

エネルギー価格については、アメリカのバイデン大統領が備蓄原油から日量100万バレルを180日間放出することを決定し、日本や欧州諸国など他のIEA加盟国も協調して備蓄原油を放出することとしたため、その効果の持続性はさておき、原油価格は一時1バレル100ドルを切るところまで下がった。

一方、小麦などの食品価格は2月下旬のロシアのウクライナ侵攻直後のパニック的急騰は少し落ち着いて来たが、依然相当高い水準にある。日本でも輸入小麦の政府売り渡し価格が4月の改訂で17.3%引き上げられて、トン当たり7万2530円と過去2番目に高い水準となった。しかし今回の改定ではウクライナ情勢の影響は十分には反映されておらず、次回10月の改訂でも大幅な引き上げが行われる可能性が高い。

小麦はどこまで値上がりするか(Galeanu Mihai /iStock)

小麦は日本でも今では米と並ぶ主食だが、諸外国では小麦が圧倒的に重要な食料となっていることが多い。また、小麦価格の上昇は、低所得層にとりわけ大きな打撃を与えることから、新興国や発展途上国では小麦の供給不足や価格の上昇がしばしば政変を引き起こした。

2010年12月にチュニジアで始まったアラブの春は、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンの長期独裁政権を倒し、シリアも政権崩壊の危機に瀕したが、これらの事件の背後には小麦などの食料価格が高騰したことが原因としてあった。当時エジプトの反政府デモに参加した人々が叫んだスローガンは「パン、自由そして社会正義」だったのだ。

そして、今まさにウクライナ危機によって、小麦が世界的に不足して価格が上昇し、世界の多くの国で国民の不満が高まっている。

ウクライナ紛争で需給バランス崩壊

ウクライナ紛争が起きる前、2020/21年の世界の小麦輸出国シェアを見てみると、ロシアが20%、ウクライナが8%とこの2か国だけで世界の輸出の3割弱を占めていた。この輸出が止まったり大幅に減少したりすると、世界の小麦の需給バランスが大きく崩れて価格の急騰を招くことは容易に想像できるが、今まさにそうした状況になりつつある。

ウクライナはロシアが侵攻を開始した2月24日以降、オデッサなどの黒海沿岸の主要積出港の商用オペレーションを停止し、今はウクライナからの小麦の輸出は鉄道を使って細々と行われているにすぎない。

ロシアから黒海経由の小麦の輸出は、船舶の保険料が急騰した上に、経済制裁で輸出代金の受け取りが難しくなっているため、こちらも停止が懸念されている。ただし、米国農務省によれば今のところは輸出は続いているようだが、いつ止まってもおかしくない。

もちろん、カナダ、アメリカ、オーストラリアなど他の小麦生産国が輸出を増やすだろうが、種蒔きと収穫時期の関係もあってロシアとウクライナの抜けた穴がすぐに埋められる状況にはない。特に、今アメリカでは小麦の主産地で干ばつが広がっている。したがって現在の価格高騰は当分の間は継続すると考えておいた方がよいだろう。

こうしたロシアとウクライナからの小麦の不足とそれに伴う価格高騰で特に困っているのは、北アフリカ諸国や中東諸国だ。この地域は気象条件と土壌の問題から歴史的に小麦の輸入国であるだけでなく、近年は人口増加により輸入需要が増え続けている。

このためこれらの国々は、地理的に近く価格も安いロシア産やウクライナ産小麦を主として輸入してきたが、今回の紛争によってこれらの諸国は、小麦価格の上昇に苦しむだけでなく、緊急に新たな調達先を見つける必要に迫られている。

輸入世界一のエジプトは緊急事態

これらの諸国の中でも小麦輸入量世界第1位のエジプトは、ロシアとウクライナからの輸入が全輸入量の9割近くを占めている。エジプトは政府が海外から輸入した小麦を使って極めて低い価格で国民にパンを支給する制度を持っているが、今年は全人口1億2百万人の約3分の2にあたる67百万人が支給を受けている。したがってこの制度が機能不全を起こすと政治的な安定が損なわれてしまう。

現在エジプト政府は、インドやカナダなどロシア、ウクライナ以外の国からの小麦の輸入を検討しているが、予算に限りがある中で、小麦価格の上昇に加えて国によっては海上輸送路が長くなったり船賃が高騰していることから、目論見通りの量を調達できるかどうか不明だ。

トルコ麺(alpaksoy /iStock)

また、中東の大国トルコもロシアとウクライナからの輸入依存率が高く、大変困難な状況に陥っており、国産小麦の増産など対策に追われている。

さらにトルコは従来から、輸入した小麦を国内で消費するだけでなく、小麦粉やパスタに加工して輸出する加工大国なので、トルコが十分に小麦を調達できないとトルコ製小麦製品を輸入している国々も影響を受ける。米国農務省によれば、トルコは世界第1位の小麦粉の輸出国で、その約3割をイラク、イエメン、シリアなどに輸出しているほか、パスタもトルコはEUと並ぶ大輸出国としてベネズエラや多数のアフリカ諸国に輸出している。

ウクライナ紛争がすぐに解決することが見込めない中で、小麦価格の上昇が続く可能性が高いことから、今後世界中で政治が不安定となることが懸念される。

小麦の不足が世界に紛争の種を撒いている。

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