「トランプが呼んだからここへ来た」米議会襲撃犯の動機は「恐怖心」だった

調査結果から見える3つのポイント
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 米議会襲撃事件での逮捕者属性などを分析するシカゴ大学調査の解説つづき
  • 議会に向かった動機は「陰謀論」より白人の権利が奪われることの「恐怖感」
  • ここまでの調査内容を踏まえて、奥山真司氏が展望するアメリカの3つの問題

シカゴ大学調査が明かす「米議会襲撃犯」の実態

世界に衝撃を与えた、2021年1月の「米議会襲撃事件」。その襲撃に加わり、逮捕された犯人たちの、シカゴ大学調査プロジェクト(ロバート・ペイプ主催)が発表した詳細な身元調査の解説。その犯人像は以下の8つの特徴を持つという(再掲:前回記事「陰謀論者はたった6%?米議会襲撃犯プロファイリング、衝撃の調査結果」はこちら

1・逮捕者の90%程度が白人男性である

2・逮捕者の70%以上が中年以上

3・逮捕者の50%近くが弁護士や企業幹部などの裕福層

4・ミリシア(自警団)や極右団体関係者は10%程度

5・Qアノン信者はわずか6%

6・参加したきっかけは「トランプの呼びかけ」に応じた人がほとんど

7・民主党が強い選挙区に住むトランプ支持者が50%以上

8・彼らを駆り立てたのは「白人の権利が奪われる」という恐怖心

後半では6~8について解説する。

彼らを動かしたのは「恐怖心」だった

さて、米議会襲撃犯の「Qアノン」率は実に6%に過ぎない、との調査結果を前半で紹介した。「陰謀論を信じ込んで議会に集まった」わけではないとすると、彼らは一体、何をきっかけに議会周辺に集まり、襲撃に参加したのだろうか。その答えが次の項目である。

(6)ほぼ全員が「トランプ大統領の指示で集まった」 と証言

彼らが当日、連邦議事堂に集まって選挙人の認定を妨害するように指示したのは誰だったのか。彼らの中で一貫して共通した答えは、トランプ大統領(当時)の呼びかけに応じたというものである。

たとえばテキサスから参加した女性は地元テレビのインタビューで「(トランプ大統領)が『そこ(連邦議事堂の中心部)に行け」と言ったので、私は大統領の呼びかけに応じて行っただけよ」と答えている。

もちろんトランプ大統領本人は、連邦議事堂襲撃事件といういわば「テロ事件」を扇動したことになってしまうので、自分はただ集会を開こうといっただけで襲撃を命じてはいないという立場だ。

だが襲撃に参加したほとんどの人々は、自分はトランプ大統領の呼びかけに応えて議事堂に侵入したと証言しているのだ。

Gage Skidmore/flickr(CC BY 2.0)

(7)半数が民主党が強い選挙区のトランプ支持者たちであった

おそらく最も意外で興味深い事実がこれだ。逮捕者の半数以上(52%)が今回の選挙でバイデンを選んだ選挙区、つまり民主党の強い地区から集まってきていたということだ。

たとえば伝統的に民主党が強いニューヨーク州やカリフォルニア州、とりわけ同州の中でもリベラル色が強いハリウッドなどから参加するためにやってきた者もいる。

そしてここから示唆されているのは、今回の調査で最も大きな発見となる以下の事実だ。

(8)逮捕者たちは「白人の権利が奪われること」に恐怖感を感じていた 

彼らの動機として共通しているのはこの恐怖感であり、調査を主宰しているペイプ教授は、この心理を「大きく取って代わられることの恐怖」(The fear of the great replacement)と表現している。

なぜこのような要因を特定できたのか。ペイプは過去に行った自爆テロの研究の時にテロ実行犯たちの「信条」(belief)を重視したことがあったからだ。

ロバート・ペイプ教授(Wikipedia:public domain)

ここでペイプ教授について紹介しておこう。ペイプ教授は日本ではほとんど知られていない国際政治学者であるが、戦略研究、とりわけ航空戦力(エアパワー)の研究者として最初に成果を上げており、日本への空襲を含む「空爆」というのは本当に「効く」のかどうかを、統計的なデータを徹底的に使って分析し、実はそれほど効果がないと論じている。

その後、2001年の9月11日に発生したテロ連続多発事件に衝撃を受けて研究分野を「自爆テロ」に変えて、おなじく統計的な手法を使いつつ、今後はテロを行った人物や社会的な背景まで調べ上げる手法で世界中の自爆テロの共通項や特殊性などを検証しており、911事件以降に中東で起こった自爆テロの大半がアメリカの介入に反発した動機であったことをつきとめている。

実に皮肉なことだが、ペイプ教授はこの自爆テロの研究で培った手法を、今回のアメリカ連邦議事堂襲撃事件という「国内テロ」の逮捕者を徹底して調べあげることより、実に意外で興味深い結果を導き出しているのだ。

これを踏まえて、今回もペイプは逮捕者たちの考えや価値観の部分を詳しくみたわけだが、そこから見えてきたのは彼らがヒスパニックや黒人などのマイノリティに(実際はともかく)相対的に権利を奪われていると危機感をつのらせたことが行動に駆り立てた――という実態である。

これは陰謀論よりも根が深い。前半の冒頭で「アメリカ内戦の危機」と書いたのはそれゆえのことである。

襲撃犯像から見える、3つの課題

これまでの結果をまとめると、次のようなことが言えるだろう。

連邦議事堂襲撃事件で逮捕された人々から見えてくるのは、アメリカの白人男性たちが自分たちの権利が奪われることに恐怖を感じ、それが極右勢力と力を合わせて、アメリカ国内で大きな政治ムーブメントへと変化していたということだ。まだ調査は続いているので断定的なことは言い切れない部分もあるのだが、それでもこうした傾向は見えてくる。

この結果をどう受け止めるべきか。私は以下の3点において、この襲撃事件から見えてくるアメリカの問題は、われわれにも大きな意味を持つと考えている。

第一に、現地にいる日本人や日系人にとって、当分の間アメリカは居心地の悪い場所になる可能性が高いということだ。

実際にアジア系に対する犯罪は増加しており、これが大きなニュースになっていることは、日本にいるわれわれもよく聞くニュースだ。「白人を脅かす(と白人主義者が考える)マイノリティ」は黒人やヒスパニックだけではない。

しかもこの調査からは、むしろ白人の比率が高いトランプ支持者の多い地区の方がむしろ安全かもしれないというパラドックスも見えてくる。

第二に、過激主義への締め付けが同盟国にも及ぶ可能性もあるという点だ。

ご存知の通り、バイデン政権はマイノリティや多様性、人権などを重視した、リベラルな価値観を強く押し出してきている。

今回のような調査結果の中で、襲撃犯の中に数名の現役の軍人がいたことも判明している。そのため、実際にアメリカ軍に所属する人間たち全員のSNSを継続的に監視するという動きに出ているのも気になるところだ(参考)。

このような人権重視や過激主義の姿勢は、中国に対する厳しい目だけでなく、同盟国である日本に対しても同じような(アメリカ側から見た日本の)過激主義への風当たりが強くなることも考えられる。

日本の「トランプ礼賛言論人」の責任

LPETTET/iStock

第三に、日本の知識人のトランプ大統領とその支持者たちへの勝手な思い込みが暴かれてしまったということだ。

2020年11月に行われた大統領選挙後には、一部のインターネット上の言論空間において、熱心な日本のトランプ支持者たちの意見が盛り上がり、「大統領選挙は不正選挙だった、本当の大統領はトランプ氏だ」という議論がまことしやかに主張されていた。

たとえばこの連邦議事堂襲撃事件を起こしたアメリカのトランプ支持者たちの行動を、リベラルの過激派による陰謀だとして擁護するような言説も見られ、しかもこれがそれまで比較的まともだと思われていたジャーナリストや知識人の間でも散見されたのである。

ところが今回のペイプ教授の調査でも判明しているように、その実態は、アメリカの将来に強い危機感を抱いた白人たちの暴力的な政治運動であるという側面が大きい。

「トランプこそが民主主義の守り手であり、本当の大統領だ。本当の選挙結果は何者かによって奪われたのだ」という議論が、いかにそうした人々の思い込みであったのか。このような言説を日本に流布させた人々の見識も、同時に問われなければならないだろう。

(終わり)

 
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

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