田中角栄からの卒業 #2 平成で整理できず昭和の大成功モデル

高度成長の遺産、低成長時代に行き詰まり
2021年05月02日 06:01
SAKISIRU編集長
  • ジャーナリスト村野氏が20年前に「田中角栄の呪縛」に気づいた経緯
  • おなじみの法律が数々…村野氏が調べ上げた角栄の仕組みを紹介
  • 一億総中流をめざした角栄の仕組みづくりの天才性

田中角栄の「遺産」を発展的に壊すことができなかったことが平成30年の「敗因」ではないか–−。筆者はそんな問題意識から企画を設定したが、今から約20年前、構造改革を掲げた小泉政権がスタートした頃に、著書で「角栄氏の呪縛から逃れられない日本」と指摘したのが、タレントでジャーナリストの村野まさよし(66)だ。

田中角栄からの卒業

「補助金天国」から辿り着いた角栄の遺産

若い頃の村野は、旅番組などを手がける放送作家として活動。学生時代にはラリーにも出場した車好きとあって、公私に渡って地方を精力的に回った。

転機になったのが北海道の南富良野町との出会いだった。令和のいまも人口二千数百人ほどの自然豊かな田舎町。気に入って年に数回も通ううちに、野球場やゴルフ練習場、豪華な町民ホールが短期間に急造される「異変」に気づいた。

去年まで砂利だった道がみるみる舗装されたり、ものすごいトンネルができたり。どんなカラクリがあるのか」。取材をすると当時の町の税収は3億に対し、年間予算が40億。足りない分の原資は都市部から国を経て流れた地方交付税や補助金の問題に辿り着き、「これを補助金天国と言わずしてなんと言うのか」と憤慨した。

南富良野町HP
南富良野町の自然豊かな光景(町HPより)

その頃の政治報道は永田町や国際政治が中心で、地方に流れる税金の話はあまり関心を持たれなかった。それでも村野は、全国各地の同様な事例を取材し、週刊文春などの各雑誌で発表。やがて村野は、都市部で稼いだ日本の国富が、地方に還流される仕組みが、田中角栄が戦後つくった法律群から派生してきたことに行き当たる。当時の心境を村野は著書『小泉改革VS.田中角栄』で次のように書いている(太字は筆者)。

低成長期に突入した日本の富の再配分制度を、時代に見合った的確なものに変えたい、偏向を正したい、と考えるのは、東京生まれ、東京育ちの者としての故郷を愛する当然の感情ではないだろうか。(P19)

ほとんどの省庁、与党野党を問わず、多くの国会議員とその野党、三千二百ほどの地方自治体は、田中角栄氏がつくった「高度成長期における土建屋国家を造るための法律」にオンブにだっこをきめこんでいる、という致命的な欠陥がこの国には横たわっていると言う事実である。(P32)

道路整備、宅地建物取引業法…あの法律も作った!仕組みづくりの達人

論評はいささか辛辣だが、村野の執念はすさまじかった。角栄が作った法制度を徹底的に調べ始めると、内閣法制局や衆院法制局などが角栄の携わった法律を公式にとりまとめたものはなかったという。しかし、仲間の協力も得て調べ上げてみると、33本の議員立法以外にも閣法(内閣提出法案)も合わせて角栄が主体的に関わったとみている法律が120本にも登ることがわかった。

村野はその成果を一覧にして『小泉改革VS.田中角栄』で紹介しているが、一部だけ抜粋してみると(西暦は公布年、※角栄氏が深く関わった議員立法)、

  • 住宅金融公庫法(1950年)
  • 建築基準法(同)
  • 建築士法(同)※
  • 公営住宅法(51年)
  • 道路法※、道路整備特別措置法(52年)※、道路整備臨時措置法(53年)=いわゆる「道路3法」
  • 宅地建物取引業法(52年)※
  • 電源開発促進法(同)※
  • 離島振興法(53年)※
  • 港湾整備促進法(同)
  • 原子力基本法(55年)※
  • 日本道路公団法(56年)
  • 水資源開発促進法、水資源開発公団法(61年)
  • 豪雪地帯対策特別措置法(62年)
  • 河川法(64年)
  • 新東京国際航空公団法(65年)

…..若い読者でも一度は聞いたことがある法律、あるいは法律名としては意識しなくても馴染みのある組織や施設の根拠となっている法律も多い。中でも、道路3法のひとつ道路整備臨時措置法(ガソリン税法)は、角栄の“ビジネスモデル”づくりの天才性を象徴している。

高度成長期の東京・青山の国道246号線(gyro/iStock)

「一億総中流」大成功モデルも、平成以後は重荷に

同法成立時の日本はまだ経済発展の前段階。自動車社会の到来を控えて道路整備をしようにも財源不足が悩みだったが、角栄は、ガソリン税収を道路整備にあてる特定財源化を推進。この仕組みに下支えされることで「自動車は急速に普及し、私たちの社会を支える重要な一部として組み込まれるとともに、道路整備の重要性はさらに高まった」(国交省『道路特定財源制度の沿革』)。

小長啓一
角栄の手腕を振り返る小長(撮影:西谷格)

角栄が通産相、首相と歴任した際に秘書官だった元通産事務次官の小長啓一(90)は「高速道路、高速鉄道、空港整備、港湾整備等を通じて、全国のどこに住んでも一定以上の生活ができるという前向きの“一億総中流”をめざした」とその意義を述懐する。

雪深い新潟育ちの角栄の政治哲学が、都市部と農村、太平洋側と日本海側の格差解消にあったことは改めて言うまでもないが、道路特定財源のような「仕組みづくり」に長けた「政策プロデューサー」としての才覚があったからこそ、社会実装を可能とし、日本が戦後20年余りで世界第2の経済大国に駆け上がった面は見逃せまい。

しかし時代は平成になり、日本は下り坂となって世界的な低成長に喘ぐ。角栄の作った仕組みは、道路特定財源は一般財源化こそしたが、十分なアップデートには至らなかった。『小泉改革VS.田中角栄』の出版から20年近くを村野はこう振り返る。

「税収が期待できない時代、小泉時代にもう少し昭和の遺産を整理しておくべきだった」。

そして、角栄の残した秀逸な昭和の遺産が、いつしか平成以後の日本の方向転換の重荷になったのは、社会インフラ整備や財源の仕組みだけではない。電波制度である。(敬称略:「#3  電波制度で残した遺産と病巣」に続く

 

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