続・化学物質にもある「右手」「左手」〜 世界的大発見を遂げた日本人博士の極意とは

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第21回
化学講師
  • 化学物質の中にもある「右手」と「左手」の話題後編
  • 両者の分離を可能にした「一方向巻きらせん高分子」とは?
  • 今では世界中の研究者が医薬品などの研究開発に利用。偉業のきっかけは?

「右手」と「左手」の関係にある化学物質。人工合成すると、基本的に「右手」と「左手」の等量混合物が得られます。この混合物に含まれる「右手」と「左手」の組み合わせの中には「一方には医薬品としての性質があるが、もう一方は非常に危険」というものもあるため、それぞれをきちんと分離し管理する必要があります。

しかし、「右手」と「左手」の分離は難しく、長い間、混合物のまま使用されていました。そんな中、「右手」と「左手」を簡単に分離できる方法を開発したのが、とある日本人博士です。博士はどうやって分離したのでしょうか。

前編に続き後編では、「世界的偉業」ともいわれている博士の研究をお伝えします。

binabina /iStock

博士が合成「一方向巻きらせん高分子」とは?

みなさんは「らせん高分子」とは何か、ご存知でしょうか。まず、「高分子」とは小さな分子がたくさんつながってできている大きな分子のこと。自然界だと「でんぷん」や「セルロース」、人工的に合成されたものだと「ポリエチレン」や「ナイロン」などが高分子です。

岡本研究室HPより

そして、高分子の中でらせん構造のものが「らせん高分子」。らせん高分子には「右巻き」と「左巻き」があり、前編でお話した「右手」と「左手」のように鏡像の関係にあります。例えば、遺伝情報を担う「DNA(デオキシリボ核酸)」や、動物体の主要成分である「たんぱく質」。これらは美しい右巻きのらせん構造の高分子です。

自然界には当たり前に存在するらせん高分子ですが、その合成は簡単ではなく、合成できても「右巻き」と「左巻き」の等量混合物。当然、長い間、人間は「右巻き」と「左巻き」を作り分けることができませんでした。「一方向巻きのらせん高分子を合成したい」———世界中の研究者が苦戦するなか、1979年、岡本佳男博士が一方向巻きのらせん高分子の合成に成功したのです。

らせん高分子のもつ驚くべき性質

岡本博士が世界で初めて合成に成功した一方向巻きのらせん高分子。博士は、このらせん高分子に驚くべき性質があることを発見します。一方向巻きのらせん高分子をカラム(細長い配管)に詰め、「右手」と「左手」の混合物を流し込むと、なんと、「右手」と「左手」が時間差でカラムから流出したのです。

しかしなぜ、「右手」と「左手」の流出に時間差ができたのでしょうか。握手をするところを想像してみましょう。相手が右手を差し出すとこちらも右手。相手が左手を差し出すとこちらも左手を差し出して握手しますよね。右手同士、左手同士だと握手できますが、右手と左手では握手できません。

これと同じように、一方向巻きのらせん高分子(例えば右手に相当するもの)に「右手」と「左手」の混合物を流し込むと、「右手」はらせん高分子(右手)と握手しながら出てくるのでゆっくりと、「左手」は握手できずすぐに流出するため、時間差が生じるのです。

このように時間差でカラムから流出することを利用し、「右手」と「左手」を簡単に分離することが可能となりました。操作は「混合物をカラムに流し込む」。たったこれだけ!このカラムは1982年に商品化。世界中の研究者が医薬品などの研究開発に利用し始めたのです。

「好きこそ物の上手なれ」岡本博士の極意の意味

岡本佳男・名古屋大学特別教授(岡本研究室HPより)

世界中の研究者に影響を与えた岡本博士。博士は次のお言葉をくださいました。

「好きこそ物の上手なれ」

世界的偉業の始まりは、「右手」と「左手」の混合物の中で一方のみを選択的に反応させる、という研究でした。なかなか正解を見出せず諦めかけたとき、博士は、ふと留学中に購入していた本を手に取ってみたのです。すると、1つの物質が目に飛び込んできました。確信もないまま、その物質を利用して実験してみたところ、なんとそれが正解だったのです!この経験がヒントとなり、博士は一方向巻きのらせん高分子の合成にも成功しました。

研究者の方々にお話を伺っていると、何度も耳にする「セレンディピティ(偶然の幸運)」。これは、誰にでも起こることではありません。第15回のカーボンナノチューブでもご紹介しましたが「一つのことを根気強く追求し、それを楽しんでいる人」だけが気付くことができる偶然なのです。博士たちが根気強く続けた基礎研究の先に、私たちの今があることを考えずにはいられません。

【編集部からおしらせ】坂田薫さんのサキシルでの本連載が書籍化されました。連載記事も大幅に加筆、書籍オリジナル記事も多数収録しています。

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