ショイグ国防相との“茶番劇”のウラで、泥沼にハマるプーチン大統領

対独戦勝記念日への焦り、米の戦争長期化策謀も...
元航空自衛隊情報幹部
  • マリウポリ制圧巡る、ショイグ国防相のプーチン大統領への報告は寸劇か
  • ドンパスへの大攻勢…「茶番劇」を仕掛けたプーチン氏の焦りの背景
  • 危惧される戦闘様相。長期戦狙いの米側に戦勝記念日の勝利宣言で対抗?

ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は21日、プーチン大統領と面会し、ウクライナ南東部の要衝マリウポリについて、ウクライナの部隊が立てこもる「アゾフスタリ製鉄所」を除く「全域を制圧した」と報告した。

これに対して、プーチン大統領は、同製鉄所への攻撃は「無意味だ」として。この製鉄所への攻撃を中止し、「ハエが飛ばないように」とウクライナ兵を揶揄(やゆ)した表現で、周囲の包囲を続けるよう命令した。

プーチン大統領と会談するショイグ国防相(右、ロシア国防省ツイッター)

プーチン大統領の茶番劇

これは、今後国内へ向けて大々的に勝利宣言するためにプーチン大統領が用意した寸劇に過ぎない。ウクライナの首都キーウ攻略の時と同様に、現時点での製鉄所突入はかなりの犠牲が伴うことが予想されるため、この攻略は先送りにして、要衝マリウポリの制圧を誇示する狙いがあったものと見られる。

こんな茶番劇で、ウクライナ軍や一般市民への攻撃が止むなどとは、ウクライナ側の人間は誰も思っていないだろう。この報告の際、ショイグ国防相は、「製鉄所内には2,000人以上の兵士が立てこもっている」とした上で、「作戦が完了するまでには、まだ3、4日かかる」とも述べていることから、兵糧攻めにするために何らかの手段を講じようとしているのだろう。

併せて、この残存部隊を減殺するために、引き続き空爆やミサイル攻撃など、破壊力の大きな兵器を使用する可能性が考えられる。これによって、この製鉄所内に避難している一般市民らに死傷者などが出た場合には、プーチン大統領はセルゲイ国防相にその責任をなすりつけるつもりではないか。

ドンパス地域への大規模攻撃

このやり取りが行われる3日前、ロシア軍は、ウクライナへの侵攻でこれまで重ねてきた失敗を取り戻すべく、ウクライナ東部ドンパス地域(ルガンスク州・ドネツク州)を完全支配下に置くための大規模攻撃を開始した。

米国防総省ジョン・カービー報道官の発表や、同省高官などから伝えられている内容によると、現在ウクライナで行動しているロシア軍の戦力は、侵攻開始時点から約75%にまで低下していると見られるものの、この東部の攻略にあたり、緒戦における失敗を教訓に、指揮命令系統の再構築と攻撃部隊の再編成を行った模様である。

具体的には、野戦砲を増強するとともに、戦闘爆撃機などの航空戦力を強化し、地上兵力として11個の大隊レベルのバトル・グループ(戦闘群)を新たに追加し、総勢76個の戦闘群を投入すると見積もられている。即ち、このドンパス地域の攻略に当たっては、1個戦闘群(大隊)の規模から推定すると、5万~6万人の兵力が投入されるという計算になる。

また、この東部地域の攻略にあたり、プーチン大統領は、ロシア南部のチェチェン紛争や(ロシアが軍事介入した)シリア内戦で指揮を執った経験のある、ロシア地上軍南部軍管区司令官のアレクサンドル・ドヴォルニコフ上級大将を本作戦の統合指揮官に任命した(参照記事:Hindustan News Hub)。

“違法”兵器投入、危惧される戦闘様相

バンカーバスターの破壊力。画像は米製兵器の実験(James Efrem Ringold /Wikimedia Public domain)

ドヴォルニコフ司令官は、多くの市民が犠牲になったシリアの内戦で指揮を執っていたことから「シリアの虐殺者」とも呼ばれており、今回の作戦においても、民間人の犠牲をいとわない残虐な攻撃が懸念されていた。そして、その予想通り、先に述べたマリウポリのウクライナ軍の拠点「アゾフスタリ製鉄所」に向けて、バンカーバスター(地中貫通爆弾)の使用が(今戦争で初めて)確認された。

同製鉄所の地下には、約1,000人もの民間人も避難していると伝えられている。これを当然知っていながらも、バンカーバスターという地下深くまで浸透する破壊力の強大な兵器を使用するというその残虐性には戦慄を覚える。

今回のウクライナ侵攻では、ロシア軍による民間施設などへのサーモリック(燃料気化)爆弾やクラスター爆弾の使用もすでに確認されており、これは明らかな戦時国際法違反だ。大量破壊兵器であるABC(核・生物・化学)兵器の使用は未だ認められていないものの、これに匹敵する戦争犯罪であることは疑いようがない。

一方で、このようなロシア軍による強力な破壊兵器を用いた攻撃手段を見ていると、このような兵器を使用せざるを得ないようなロシア側の焦りが窺える。

3月27日の拙稿「ロシア軍の歴史的大失態、なぜ多数の将軍が戦死し、首都を攻めあぐねたのか」で触れたような、ロシア軍の多数の将兵の死傷に加えて、航空機、戦車・装甲車両などの撃破、黒海艦隊の旗艦「モスクワ」の撃沈など、数々の予想外の展開にロシア軍は大きなショックを受けているのではないか。

とにかく、5月9日の対独戦勝記念日までには、「ドンパス地域の制圧」という結果を残さなければならないと躍起になっている様子がありありと見て取れる。そのためには、手段を選ばないということなのだろう。

いまのところ、ロシア側の「兵員の装備に変化が見られる」との情報がないことから、ABC兵器使用の兆候は見られないが、今後の動向には特に注意を要する。

ウクライナ軍の反撃

これに対して、ウクライナ軍もドンパス地域の西側地区やマリウポリなどで抵抗を続け、ロシア軍との間で激しい戦闘が行われている模様であり、ロシア軍にも多くの被害をもたらしていると見られる。

この攻防に先立つ1週間前、米国は8億ドル(約1,000億円)の軍事支援を決定しており、その一部の兵器がすでに欧州に到着していることが明らかとなった。今回提供される兵器は、155㎜榴弾砲18門と砲弾4万発、(ロシア製)軍用ヘリ11機、装甲車200台、自爆型ドローン「スイッチブレード」300機などであり、今後、ロシアの攻撃を阻止するのに有効な兵器となることは間違いないだろう。

また、これとは別に20日、バイデン大統領がさらに8億ドル規模の軍事支援パッケージを準備していることが明らかとなった。この中には、米空軍がウクライナの要望に応じて新たに開発した自爆型ドローン「フェニックスゴースト」が121機含まれているとされている。

この「フェニックスゴースト」は、自力で垂直に離陸し、6時間以上飛行してターゲットを捜索または追跡できるだけでなく、赤外線センサーを使用して夜間にも活動することができるとされている。「スイッチブレード」の飛行時間が30~40分であることを考えると、これよりも遥かに敵の縦深深く侵入して攻撃が可能となり、かなりの戦果が期待できよう(参照記事:POLITICO)。

これら新たな支援が承認されれば、2月24日のロシアによる侵攻開始以降、米国がウクライナに対して行った軍事支援の総額は、およそ34億ドル(約4,250億円)となる見込みである。

バイデン大統領は長期戦が狙い?

米国防総省高官は、ウクライナ東部における戦闘が、数か月から場合によっては数年に及ぶと述べており。これを考えると、どうやらバイデン大統領は、ウクライナに強力な兵器を送って反撃を優位にすることでロシアを長期戦に引きずり込み、ロシア軍の兵員や武器・装備品を消耗させ、ひいては他の経済制裁とからめてロシアの国力を疲弊させようとしているのではないか。

この戦略には、プーチン大統領も当然気づくだろうから、5月9日の対独戦勝記念日あたりをめどに一方的な勝利宣言を謳って戦闘を終結させようとするかも知れない。

バイデン氏とプーチン氏の首脳会談(21年6月、ホワイトハウス公式ツイッター)

しかし、ロシアの侵略で荒廃したウクライナの復興には、「6,000億ドル(約77兆円)が必要になる」との見通しをウクライナのシュミハリ首相が示しているように、ウクライナとしては、これだけの被害を受けた上にドンパス地方からアゾフ海を含むクリミア半島までを蹂躙されたままで過ごせるわけもない。ロシアが撤退するまで、これから長期にわたって徹底した抗戦に臨むことだろう。

ロシアがこれを防ぐためには、かなりの戦力をこれらの地域に駐留させて戦い続けなければならず、ロシアの経済は徐々に下降曲線を描いて転がり始めるだろうから、いずれ兵力の削減を余儀なくされるだろう。

今回のウクライナ侵攻前の状態を維持することも困難になるのではないか。結局、プーチン大統領はこのウクライナ侵攻で失敗に失敗を重ね、引き時を見誤り、泥沼にはまって抜けられない状態に陥ってしまったと言える。

 

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