国民も真剣に考え始めた核議論と「変わらない」学術会議

安倍政権の安保政策元キーマン 兼原信克氏が語る「本音の安全保障」#2
ライター・編集者
  • 元国家安全保障局次長、兼原信克さんへのインタビュー2回目
  • 安倍元首相が「核議論」を提起した意義とは?
  • 一方、学術界は55年体制に安住。経済安保推進法制定で変わるか?

安倍政権時代、国家安全保障会議(NSC)創設を主導し、国家安全保障局次長を務めた兼原信克さん(同志社大学特別客員教授)に、日本の安全保障を本音で語っていただくシリーズ。2回目は、安倍元首相が最近「核議論」を提起した意義とは?後半は経済安全保障と、世の中の変化から遅れる、あのアカデミア組織についてもズバリ指摘します。(3回シリーズの2回目)

iStock / Gerasimov174
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総理経験者で初めて核議論に言及

――ロシアがウクライナに侵攻し、核の使用までちらつかせる中、安倍元総理が「核議論をすべきだ」と発言しました。一部反発もありましたが、2006年から09年にかけて故・中川昭一議員が核保有論を述べたときと比べると、それほど大きな批判にはなりませんでしたね。

兼原信克(かねはら・のぶかつ)1959年山口県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。北米局日米安全保障条約課長、 在韓国日本国大使館公使、内閣官房内閣情報調査室次長、外務省国際法局長などを経て、内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長。現在は同志社大学特別客員教授。近著に『安全保障戦略』(日本経済新聞出版)『歴史の教訓』(新潮新書)、共著に『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(同)など多数。

【兼原】安倍元総理、よくぞおっしゃった、と思います。総理経験者が核議論に触れたのは戦後初めてではないかな。

――また、兼原先生も『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)という座談会形式の書籍を3月中旬に刊行されています。これも評価の声はあっても、反発の声は少ないような。

【兼原】反発はほとんどないですよ。2021年にシカゴのグローバル・アフェアーズ評議会の核兵器問題に関する会議に参加しました。チャック・ヘーゲル元米国防長官や、イギリスのマルコム・リフキンド元国防大臣、オーストラリアのラッド首相がまとめ役でしたが、「核の話をするから、日本のお前も出ろ」と言われてオンラインで参加したんです。

そこで「核共有のような話は、アジアでも真剣に考えたほうがいいよ」という話が出たので、『現実主義者のための安全保障のリアル』(ビジネス社)でも議論の内容を紹介したんです。「結構叩かれるんじゃないか」と思ったのですが、まったくのスルー(笑)。「そんな議論もあるよね」と、論壇の隅っこに乗っかったんですね。ずいぶん雰囲気が変わったなと思い、それなら日本でももう少しまじめに、核の専門家を集めてちゃんと話し合ってみようと。そうしたら、ベストセラーになりました。

74%が「核共有議論」に賛成

――兼原先生のほか、元防衛官僚の高見澤將林さん、元陸自幹部の番匠幸一郎さん、共同通信の太田昌克さんと、非常に多角的なメンバーでじっくり検討されていたので面白かったです。

【兼原】太田記者は大変よく勉強している人で、第一人者です。核廃絶論者だから全く逆方向ではあるんだけれど、「面白いからやろう」と言ったら乗ってくれて。

――兼原先生のお話を知るまで「外交官が核議論」というか、そもそも「外交官が安全保障議論」を展開するイメージがあまりなかったので新鮮でした。

【兼原】私の官僚生活の最後の7年は総理官邸のNSCにいたので安全保障一色でした。外務省時代も安全保障の仕事に携わることが多かったですね。外交の半分は安全保障問題ですから。

いずれにしても、核議論に対する国民の意識はかなり変わりましたよ。日経新聞の世論調査でも、「核共有について議論すべきだ」と答えた人が79%に達した。反撃能力については、フジテレビの『日曜報道 THE PRIME』の視聴者アンケートながら、実に94%もの人が賛成している。中国の軍事力が高まっている中で、国民の多くは現実を見ています。「反撃能力を備えるなんて、相手を刺激する」というような議論は、もう何の意味も持たなくなっています。今日の中国軍は、日本が中国に脅威を与えないようにしているなんて聞いたら鼻で笑うでしょうね。

55年体制に安住する学術界

東京・六本木の日本学術会議(編集部撮影)

――一方で、全く変わらないのが学術界です。経済安全保障の議論の中でも、「機微技術の保護」や「官民が協力して技術開発支援体制整備を」というテーマが上がっていますが、学術界の大半は「軍事研究には絶対反対」の姿勢を崩しません。

【兼原】彼らは55年体制に今も安住している最後の一団ではないでしょうか。学生運動世代は、卒業後、就職先がないから大学の中にたくさん残っているんですよ。もちろん若い研究者たちは階級闘争なんて聞いてもわからないし、そもそもイデオロギーがない。一方、権威ある高齢の学者たちには、まだまだ共産圏は平和勢力だと信じていたころの強いイデオロギーが残っている。

――経済安保に対しても「この法律は学者や産業界、科学技術の軍事動員だ」と言って議員会館で非難集会を開いていました。

【兼原】結局、これも敗戦と冷戦の「縛り」なんだよね。戦後、GHQから「絶対に軍事研究をやるな」と言われて、「はい、やりません」と、それが研究を続ける条件だった。その後にアメリカから「やっぱり再軍備して」と言われたんだけれど、今度は米国と敵対するソ連の影響が強くて、変化のタイミングを失った。

科学技術予算は4兆円だが……

――「縛られている」と言っても、さすがにもういいんじゃないかと。

【兼原】そう。米ソが対決していた30年前ならまだわかるんだけれど、もう冷戦も遠い彼方です。でも戦後長らく、年間4兆円もの巨額の研究開発予算を与えられてきたから、これからも同じ姿勢でずっとやっていけると思っているんでしょう。

――「日本は学術予算がない、研究の現場は汲々としている。集中と選択しかないのか」という怨嗟の声をよく聞きますが。

【兼原】今言ったように、国の科学技術予算は4兆円もあるんですよ。年間の予算が100兆円であり、医療・年金、地方交付税、国債償還で80兆円が飛ぶ。残りの20兆円のうち、防衛予算に5兆円、科学技術予算として4兆円が充てられているんです。その4兆円を差配する総合科学技術イノベーション会議(CSTI)には、学術会議が常任議席を持っています。学術会議の会員たちは国家公務員ですからね。

「巨額利権」抱え、自衛官を締め出す学術界

――菅前総理が特定の会員を任命するのしないので揉めていましたが……。

【兼原】国家公務員である以上、国民に選ばれた総理に反対するなら、辞表を持って行くのが当たり前、というのが普通の官僚の感覚です。「総理の言うことは聞かない。安全保障は絶対やらない。だが俺たちを任命しろ」という態度をとるのは、公務員として恥ずかしい。かつて外務省が貿易庁の設置に反対した時は、総理官邸に次官以下全幹部の辞表をもっていった。それが吏道です。菅政権時はコロナ対応でうやむやになってしまったけれど、学術会議のあり方は改革すべきです。

話を戻すと、4兆円の科学技術予算のうち2兆円が文科省にわたりますが、捌ききれないので文科省所管の科学技術振興機構(JST)に丸投げされ、そこから国立大学や国立研究所に落ちる仕組みになっています。特に問題なのは2兆円のうち、8000億円が研究開発とは関係ない大学運営費に充てられていて、事実上の補助金のようになっている。世間のほとんどの人は知りませんが、これが学術界では巨大な利権になっています。

しかも、国公立大学や国立研究所は日本学術会議や「特定政党」の影響が強い。学者たちのイデオロギーも強い。戦後四半世紀もの長い間、防衛省とも、米国防省の研究機関とも、一切の協力を拒絶してきました。実は安全保障をやりたい人はたくさんいるが、強烈な逆向きの同調圧力がかかる。安保に関する限り学問の自由はありません。

日本に欠けていた「3B」分野の研究

――「軍事忌避」という表現では済まないレベルですね。

【兼原】一方、4兆円の中から防衛省の研究にわたる予算はたったの1600億円ですよ。世界中どこでも、「科学技術が国家安全保障の一丁目一番地である」ことを分かっているから、国が巨額のリスクを取って科学技術一般の振興に取り組んでいるんです。企業はもうからなければ投資しません。だからある程度以上の高いリスクは国が負って、しり込みしている企業を押しのけて開発のための投資資金を出す。市場原理を押しやって政府が投資資金を出す正当化事由はただ一つ、「安全保障」しかありません。それを「軍事研究やりません」と言って懐に入れてるんじゃ、どうしようもない。社会実装、社会貢献への熱意がない。特に国防には消極的なのです。

私は以前から、日本の科学技術研究開発の分野に「3Bがない」と言い続けてきました。3Bとは、「防疫」「防災」「防衛」です。「防災」はどうにか少し変わってきたけれど、「防疫」がダメだったことはコロナ禍で明らかになった。米国は国防省のお金でモデルナが生まれた。日本ではワクチンの一つもできない。「防衛」なんて全然ダメ。「学術界は世界に開かれている」と言いながら、自衛官、米軍関係者は、いまだに排除、拒絶です。

国主導で横須賀を「第2の研究都市」に

横須賀市の空撮(ヒロポンフォト/PhotoAC)

――そのあたりの意識は経済安保推進法ができたことで少しは変わるんでしょうか。

【兼原】それだけでは変わらないでしょう。「今回は懐に入れるような真似は絶対に許さない」ということで、日本の技術力を安全保障に生かすための「官民協力」基金として5000億円を2年に分けて積むことになっています。ただし、お金が入ったとたんに研究機関側が「安全保障関係はやりません」と言い出しかねないので、よく見ていないとこれまでと同じことになりますよ。

――お金を配るだけでは雲散霧消するかもしれない。となると、どういう方法がありますか。

【兼原】一つは筑波のような研究拠点を、国立で作ることでしょう。これまでとはお金の流れを変えて、内閣府、経産省、総務省、防衛省が管理して、つくば都市に匹敵するような国立の一大研究施設を作る。文科省や大学を通さずに研究費を出せる仕組みです。そこに集まる研究者は、学歴も年齢も不問、出身地も西側ならOKとし、自由に研究してもらう。そしてその情報を国と共有する。今は「どこにどんな技術があるか」さえ国が把握できていませんから。

――だから経済安保法で重要技術を国として把握できるようにするというわけですね。

【兼原】ええ。調査機関を作ろうという話は動いていますが、それよりもっと進んで、研究拠点自体を作ってもいい。例えば横須賀には陸自・海自のほか、米軍もいるし、防衛大学校もある。横須賀を筑波のような研究都市にして、官民学、自衛隊が組んで、毎年一兆円くらいポンと投じて自由に研究出来たらいい。イスラエルにはサイバー研究拠点のベエルシェバという研究都市があります。あのくらいやらないと、アメリカはもちろん中国に引き離される一方です。

第3回に続く

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