西郷輝彦さん渡航:もしあなたも未承認治療を考える機会があったら?
「医療リテラシー」著者の医師が解説- 西郷輝彦さんが前立腺がんの未承認治療のためオーストラリアに渡航。
- 西郷さんが受けるのはPSMA標的治療のため?なぜ国内でできないのか。
- 一般的には標準治療を受けるべきだが、未承認治療を検討してもいいケースとは
俳優・歌手の西郷輝彦さんが、前立腺癌が進行しているため、オーストラリアで日本国内では未承認の「最先端治療」を受けるために渡航した。今後の経過について、開設したYouTubeを通じて報告していくという。この一報を受けて、皆さんの感想は、「最先端治療はすごい治療なのだろう」あるいは、「未承認の治療なんて怪しいのではないか」などと、さまざまかもしれないが、今回のケースから「未承認治療」についてどう考えたらいいのか、述べてみたい。

YouTubeの報告によると、西郷さんの状態は、前立腺癌のステージⅣだという。ステージⅣは他の臓器やリンパ節に転移したり、隣の臓器に浸潤したりした、もっともがんが進行した状態だ。西郷さんはこれまで国内で、抗がん剤と放射線治療を行ってきたが、腫瘍マーカーであるPSAが上昇してきたため、オーストラリアで、日本国内では未承認の「最先端治療」を受けることを決意したのだそうだ。動画はわずか7分だが、その中でも大事な箇所は、「主治医との意見が一致した」ところにあると筆者は考える。
1. 前立腺がん「PSMA治療」とは
西郷さんは前立腺癌という病名は明かしているが、オーストラリアに渡航して具体的にどんな治療を受けるのかについては言及していない。それは、これから徐々に明らかにされるのかもしれないが、国内未承認で、オーストラリアに渡航するという経緯から、「PSMA(前立腺特異的膜抗原)標的治療」ではないだろうか。
PSMAは、前立腺癌の細胞に発現しているタンパク質の一種だ(体内の正常な細胞には発現していない。また、前立腺癌でも全例に発現するわけではない)。前立腺がんのPSMA標的治療とは、放射線で標識された同位元素を体内に投与して、前立腺癌の細胞をたたく治療法で、「核医学治療」といわれるもののひとつだ。治療の前に、PSMAに結合する物質を標識した薬剤(68Gaという放射線同位元素を用いる)を投与してPET検査を行い、PSMAが発現しているかどうかを確認するが、このPET検査薬は、アメリカでは、2020年12月にFDAで承認されている。
また、PSMAを標的とした放射線同位元素による治療薬(177Luという放射性同位元素を用いる)は、第2相試験の結果は、オーストラリアからの発表が医学誌Lancetに掲載されたが(1)、カバジタキセルという抗がん剤よりも奏功率が高く、副作用が少なかったという。また、今年3月にノバルティス社は、第3相試験で、標準治療にPSMA標的治療を加えると、全生存期間を延長することが示されたと発表した(2)。FDAではまだ未承認であり、厳正な審査が望まれるが、治験の結果を受けて、それほど遠くない将来に承認されるかもしれない。現在、オーストラリアやマレーシア、ヨーロッパ諸国の一部などの国でこの治療が行われている。
では、どのような前立腺癌がこの治療の適応になるのか。一般的には、進行した前立腺癌、再発した前立腺癌には、ホルモン療法(男性ホルモンの働きを抑える薬を投与する)を行うが、ホルモン療法が効かない例もあり、また、効いたとしても時間とともに効果がなくなってくることが多く(「去勢抵抗性前立腺癌」と呼ばれる)、そのような例は、抗がん剤治療などが選択肢になるが、効果のない例も少なくない。PSMAを標的とした治療は、一般的には、このような、従来の薬剤が効かない「去勢抵抗性前立腺癌」が適応になる。
また、事前に行うPET検査で、PSMAが発現していなければ、治療の適応になはならず、PET検査だけを行って終わりとなり、オーストラリアに渡航しても、PSMA標的治療はやらずに、帰国して他の治療(ホルモン療法や抗がん剤、放射線内用療法など)を行っていくことになる。
2. なぜ国内でできないのか
PSMA標的治療は、国内では未承認であり、日本人がこの治療を選択するとなると、現状では、西郷さんのように、日本にある複数のクリニックを通して、オーストラリアに渡航し、治療を受けるのが現実的な選択肢だ(3)。国内では受けられないのは、日本国内での治験がまだ終了していないためだ。現在、68Gaを使用したPSMAのPET検査に関しては、金沢大学を中心として行われることが決定したが(4)、画像検査の承認だけではなく、治療薬の治験および承認を考えると、国内で治療を受けられるまでには、まだかなりの期間を要するだろう。
一時期、日本と外国の間で、薬の承認にタイムラグがある(日本での薬の承認が遅い)いわゆる「ドラッグラグ」が問題となった。これは、以前よりもある程度改善されている。しかし、今回のように、治療によっては、国内で行えないものがある。また、核医学の分野でもそうだが、日本は、人員不足や資金不足などで、様々な分野で外国に乗り遅れるようにもなってきており、分野にもよるが、再びタイムラグが開いていく可能性もある。

3. 「未承認」=怪しい、とは言い切れない?
筆者は一般向け著作の中で、一貫して「未承認治療は受けず、標準治療を受けてください」と主張してきた。現在の日本では、ほとんどの場合、どのような癌に対しても、必要な治療は保険適用がなされているものでカバーされることが多いからだ。また、一般の方が、「標準治療よりも、もっとよく効いて、副作用も少ない『最先端治療』があるはずだ」という考えから、最初から未承認治療を受けて、病状が悪化したり、治癒が遅くなるのをたびたび見てきた。その上、効果に乏しい治療法を受けるのに、かなり高額な費用を要する場合も多い。国内のクリニックなどで行われている「がんの未承認治療」は、エビデンスが確立していないものが多く、今回のPSMAの件のように、「エビデンスは蓄積しつつあるが、日本国内での治験が終了していないために未承認だ」というケースの方が少ない。
ただし、原則的には標準治療を受けるのが正解である一方で、全ての未承認治療は怪しい、と考えるのも行き過ぎだ。免疫療法など未承認治療を行っているクリニックも、「怪しい治療」ばかりやっているところもあれば、そうではないところもあり、また、ひとつのクリニックで行われている治療の中でも、エビデンスがある程度あるものから、乏しいものまで、混在していることがある。大学と提携して治験に参加しているクリニックもある。万人に効果があるわけではなくても、特定の病型や、患者さんのライフスタイルによっては、選択肢となり得る治療もある。
4.「治験に参加する」方法も
未承認だが、可能性のある治療を受ける手段として、治験に参加する方法がある。治験は、未承認の薬や治療法に関して、承認を得るために行われる研究のことだが、通常、これまでの治療歴などに関して、正確な結果を得るために、厳しい条件を課していることが多く、誰もが参加できるわけではない。治験について知りたいと思われた場合は、治験を紹介しているホームページを見るか、あるいは、主治医に、今治療している病気で治験をやっているかどうか、確認してみるのがいいだろう。
5. まずは主治医に相談を
これまで述べてきたように、未承認治療に関して、それがどのくらいの効果や可能性があるものなのか、一般の方が見分けるのは非常に難しい。医師でも、専門外の医師には、見分けるのが難しい場合がある。ネットが発達した現代では、検索をすると、未承認治療を含め、様々な情報が出てくる。
もし、標準治療を受けて効果がないなどで、未承認治療に興味をもたれた方は、まずは主治医に相談して欲しい。主治医も、ほとんどの場合は、「頭ごなしに否定する」ことはないのではないだろうか。そして、主治医の同意のもと、治験への参加や未承認治療を受けるようにしてほしい。一番危険なのは、「自分だけで決めてしまう」「ネットの情報だけを頼りにする」ということだ。くれぐれも冷静になっていただきたいと思う。
(参考文献)
- Hofman MS et al. [177Lu]Lu-PSMA-617 versus cabazitaxel in patients with metastatic castration-resistant prostate cancer (TheraP): a randomised, open-label, phase 2 trial.Lancet. 2021;397(10276):797-804.
- https://www.novartis.com/news/media-releases/novartis-announces-positive-result-phase-iii-study-radioligand-therapy-177lu-psma-617-patients-advanced-prostate-cancer
- https://www.psma-jp.com
- https://ct.ganjoho.jp/category/ttrial/jRCT2041200110
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