狙われる日本企業 〜 中国得意の「ES」とは何か?

「新しい戦争」は始まっている
ジャーナリスト
  • 軍事力以外で仮想敵国の経済力を削ぐのが「ES」。中国がもっとも長けている
  • 地政学的に重要な国や地域に浸透。サイバー攻撃もESの一環で、日本は被害
  • 研究者の頭脳を狙う「千人計画」も。ようやく日本も経済安全保障に動き出す

IT技術や貿易管理、経済援助、投資など様々な経済的ツールを駆使し、非友好国や仮想敵国の産業競争力を弱めたり、地政学的な要衝を手に入れたり、我田引水的に自国有利な国際ルールを作ったりすることを「Economic Statecraft(ES)」と呼ぶ。現在、ESに最も長けた国が中国だ。その中国の戦略に巻き返しを図っているのが米国であり、米国でESは「War by other means(他の手段による戦争)」と言われることもある。米中間はもはや「戦争状態」にあるというのが筆者の認識だ。

ESは、空母・航空機やミサイルなどを使って戦う戦争とは違う新しい形の戦争だ。中国では「非軍事領域における軍事活動」とか「軍民融合」と呼ばれる。世界ではどんなことが起きているのか、いくつか事例を紹介しよう。

「見えない侵略」で暗躍する中国(TheaDesign/iStock)

各国に敷く「債務の罠」

たとえば、インド洋に浮かぶ島国、スリランカのハンバントタ港は2017年、中国が99年間の租借権を設定した。スリランカ政府が経済支援の名の下、中国から受けた融資を返せなくなったため、その肩代わりとして租借権を設定したのだ。こうした行為を「債務の罠」と呼ぶ。スリランカは中国にとってシーレーン上の要衝。こうした地政学的に重要な国や地域を中国は狙う。

15年には中国はオーストラリア・ダーウィン港に99年間の租借権を設定。同港は米海兵隊が訓練を行うこともある南太平洋に面した要衝だ。租借したのは中国の嵐橋集団という企業で、経営トップは人民解放軍出身だ。嵐橋集団は、オーストラリアの有力政治家らに現金をばら撒いていたという。

中国は国連もESに利用する。現在、国連傘下の15の専門機関のうち、国連食糧農業機関(FAO)、国際電気通信連合(ITU)、国際民間航空機関(ICAO)、国連工業開発機関(UNIDO)のトップが中国人だ。よくみると、中国の国益と密接に関連するような組織ばかりだ。中国にとって14億人の民をどう食わせていくのか、食糧問題は大きな課題だろう。ITUは通信や人工衛星利用のルールを決める。UNIDOは途上国への技術移転などを担当しており、「債務の罠」を使うのに活用できる。

相次ぐサイバー攻撃

サイバー攻撃もESの範疇に入る。日本は中国からのサイバー攻撃で大きな被害を受け続けている。警察庁の松本光弘長官は今年4月22日の定例記者会見で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)へのサイバー攻撃に関与していた中国人を書類送検した事件に関し、中国人民解放軍の部隊が関与した可能性が高いと言及。警察トップが公式の場でサイバー攻撃に関して人民解放軍の関与を示したのは初のケースだ

lucadp/iStock

三菱電機も19年から20年にかけて2度にわたる大規模で悪質なサイバー攻撃を中国から受けた。19年3月の1回目の攻撃では、尖閣諸島での有事などを想定して開発中の離島防衛ミサイル「高速滑空弾」の情報を奪われた。攻撃を行ったのは、人民解放軍傘下のハッカー集団「テック」や「ブラックテック」だと見られる。

2回目の攻撃は20年11月。同年8月に三菱電機がフィリピン政府に警戒管制レーダーを輸出することが決まった直後だ。三菱電機は護衛艦のレーダーシステムなどを生産しているほか、イージス艦向けの次世代レーダーを日米で共同開発しており、海洋進出を強化している中国海軍にとっては「解剖」したい技術なのではないか。

「過電流」工場火災も?

ルネサスエレクトロニクス那珂工場(画像は火災前。同社サイトより)

このサイバー攻撃に関しては、防衛産業だけに限らず、製薬会社や電力会社などのインフラ企業も狙われる傾向にある。こうした企業に対するサイバー攻撃により、非友好国の産業や国民生活に影響を与えることは、本物のミサイルを一発撃ちこむよりも、コストが安いうえ、心理的なダメージはむしろこちらの方が大きいかもしれないからだ。

今年3月19日、ルネサスエレクトロニクス那珂工場で火災が発生し、半導体の製造ラインが止まった。これで半導体需要がさらに逼迫することになった。その対応策として、3月30日、梶山弘志経産相は台湾に代替え生産を依頼することを表明。しかし、その翌日、半導体受託製造で世界最大のTSMCの台湾にある工場で火事が起こった。

火災の理由はいずれも過電流だ。それがなぜ起きたのかについては理由が明かされていないが、ある研究者によると、サイバー攻撃によって過電流を起こすことができるそうだ。「産業のコメ」と呼ばれる半導体の生産をさせなくすれば、その国の産業へ与える打撃は大きい。ルネサスやTSMCで起こった火事は、ESの可能性はないのか調べる必要がある。

研究者を狙う「千人計画」

また、中国は外国人研究者の研究成果も軍事に積極的に転用する。それが「千人計画」と呼ばれるもので、優れた外国人研究者を招聘して、多額の給料や研究費を与えている。その研究成果を人民解放軍の装備力向上に役立てているのだ。日本人研究者も参加していることが分かっており、これまではそれが黙認されてきたので甘い対応と言わざるを得ない。

米国では国から研究費をもらいながら「千人計画」にも参加していたハーバード大教授が逮捕、起訴されている。日本人研究者の中で、米国から研究費を得ているのに「千人計画」に参加していれば、今後は米国に入国したと同時に逮捕される可能性がある。

一般国民が表からは見えづらいところで軍事関連の領域が拡大している。こうした中で価値観を共有できない国から不法か不法に近い形で知的財産や技術や国土などが奪われることを防ぐのが経済安全保障という考え方だ。「見えない侵略」に対応するといった方がいいかもしれない。陸海空の軍事力によって国を守るという発想だけでは、もはや「新しい戦争」には対応できないのだ。

日本も経済安保に本腰

自民党の「ルール形成戦略議員連盟」(会長=甘利明同党税制調査会長)はこうした問題に対応しようと、これまで積極的な提言を行ってきた。5月20日には、経済安全保障に関して官民対話の協議会創設を政府に提言することを決めた。企業に対しては経済安保担当役員の設置を求める。

こうした動きを受け、22年の通常国会に「経済安全保障一括推進法(仮称)」が提出される見通しだ。公共の福祉のために企業活動の一部に制約を課すことができるように、電気事業法や銀行法などの「業法」の中に安全保障条項を盛り込む方針だ。

経済安全保障に関していま世界中で起こっていることや、その対応に追われる日本政府や企業の状況について筆者は5月25日発売の『「中国の見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)で詳細をまとめた。サーバーが中国から覗かれていたLINEや、中国テンセントから出資を受けて米国から激怒された楽天など「事件」の背景にも迫った。

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