岸田首相は、ビジネス史に残る「借金のイノベーション」を実現できるか?

「事業成長担保権」導入で起業志望者の嫁ブロック打破 !?
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役
  • 岸田首相、意外にスタートアップ創出には熱心
  • 政府で議論中の新しい融資制度「事業成長担保権」とは?
  • 起業家に厳しい現行制度改革が、“嫁ブロック”突破の決め手に!?

今週の政治ニュースでは、岸田首相がロンドンのシティで「インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)」とぶち上げた演説の内容を巡り、投資家らの間で物議を醸した。

ただ、その内容を読み込んでみると、ひと頃、金融資産課税に代表されるように、「経済に疎い」「社会主義」とまで揶揄された政策は姿を消したようだ。株価の続落もあって、首相も側近たちも軌道修正に躍起になっているとの報道も出始めている。

5日、ロンドン・シティのギルドホールで投資家らに演説する岸田首相(官邸サイトより)

シティの演説でも首相は序盤で「戦後の首相の中で金融業界出身は私が最初だ」と強調する一幕があった。そして、投資家向けの演説とあって、新しい資本主義の4本柱として、「人への投資」「科学技術・イノベーションへの投資」「スタートアップ投資」「グリーン、デジタルへの投資」をアピールした。

岸田首相といえば「典型的なサラリーマン社長型のリーダー」(上場ベンチャー起業家)との印象が強い。「改革」という言葉を使うのを好まないあたり、筆者が付き合いのある経営者や投資家の間では不満も強い。だから大衆の支持率とは裏腹に、玄人な有権者の間では、菅前首相のほうに人気が集まりがちなのだが、事実をフェアに言えば、伊勢神宮で行った年初の記者会見では「日本の第2創業期を実現するため、本年をスタートアップ創出元年とする」とぶち上げるなど、意外に起業については理解を示しているようだ。

起業促進の切り札?「事業成長担保権」

その試金石として今、導入に向けて政府が有識者や金融機関などを交えて議論を進めているのが、担保を巡る新しい法制度だ。まだ主流メディアでは脚光を浴びてないが、その名も「事業成長担保権」という。

これまで担保といえば企業が所有する土地や建物、あるいは社長の持ち家などを個人保証して主にあてがってきた。万一返せなくなった時に備える代わりに、金融機関から融資を引き出し、企業は資金調達をしている。

ただ、そうした既存の担保は、工業化社会だった時代の名残だ。しかし、今の世の中にはサービス業やデジタル系の事業で工場や機械などの有形資産を持たなくてもやっている会社はごまんとある。そもそも事業を起こしたばかりのスタートアップ・ベンチャーではなおさらだ。

しかし、スタートアップでも競争力のあるデータや特許といった知的財産を有していることがある。M&Aで事業をさらに大きくしたいときであれば買収先の企業が持つのれん(ブランド力や技術力などの無形資産)にも価値があったらどうだろう。もしこれらを担保にすることができたら、資金調達の道が広がる。政府の規制改革会議の資料によれば、アメリカではコロナ禍で空前の経営危機に陥ったユナイテッド航空が50億ドルの融資を受けることができたのは「マイレージ事業」に担保権を設定したからだそうだ。

fatido /iStock

起業家に厳しい既存の融資制度

シード期(創業期)のスタートアップといえども、先ごろ注目のバイオや宇宙などの分野では、初期費用がかさむ。その割に会社も社長も若かったりするので将来性はあっても有形資産を持っておらず、既存の担保制度では、融資が受けられにくかった。

一方、融資が難しければ出資という手段は確かにある。たとえば第三者割当増資でエンジェル投資家やVCに出資してもらうなどの方策はあるが、将来性を有しつつも資金難に直面するたびに増資を繰り返してしまうと、外部資本の比率が想定以上に高まり、長い目で見た時、経営の主導権を失うリスクが出てきかねない。下手をすれば会社を乗っ取られる恐れはある。

筆者もメディアスタートアップを経営し、自分でも融資や出資と資金調達を経験したことで、友人・知人の経営者たちの苦闘や悩みを身をもって知ることになったが、確かに個人保証リスクも大きい現行制度では、起業に二の足を踏んでしまう。

“嫁ブロック”突破の決め手?

世間の成功物語は、失うものがない10代、20代の天才経営者にとかく日が当たりがちだ。しかし日本経済を本当に復活させたいのであれば、実社会で一定の職業経験を積んだ30代、40代のサラリーマン出身者の「即戦力」による起業を増やして裾野を広げ、マーケット全体の新陳代謝をはかっていくことが肝要だ。

ただし30代、40代は家庭や家を持ち始め、リスクを取りづらくなる年代だ。たとえ本人がその気になっても嫁(夫)ブロックや親ブロックが発動される。少しでもリスクヘッジできる意味でも、「事業成長担保権」導入で、融資や担保のあり方を大きく変えることが、今の日本社会の閉塞感を多少は打破するきっかけになるかもしれない。もちろんゾンビ企業の温存に“悪用”されるかどうかは注視していかねばなるまい。

なお政府(金融庁)での「事業成長担保権」の導入論議自体は、起業家や投資家が敬愛する菅政権時代の2020年11月に始まっている。ただ、岸田首相が持ち前の「聞く耳」を発揮して、実現させればそれで良い。その果実を得るのは我々民間なのだから。

 
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

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