ウクライナ戦争で注目、インドの戦略とは?日本人が知らない“手の内”を読み解く3つの理論

佐々木れな『国際問題:リアルとセオリーの結節点』#3
ジョージタウン大学外交政策学修士課程在学
  • 進行中の紛争を国際政治理論から読み解く。第3回はインドの戦略的動向
  • 「米国を関与、中国を管理、欧州を開拓、ロシアを安心、日本を…」戦略の要諦は?
  • インドが長期的にどのような戦略を取るか?3つの理論で分析すると…

この連載の目的は、今世界で起きている国際問題を、国際政治学の理論やフレームワークで説明することである。理論やフレームワークは、今起きている国際問題の複雑な情報を構造化し、論理的に思考する一助となる。第3回はウクライナ戦争で、その動向が日本でもさらに注目され始めているインドを取り上げる。

somchaisom /iStock

そもそもインドの戦略の肝は?

インドは、1947年の独立以来、国際社会で積極的な役割を果たすことを目指してきた。冷戦期はソ連とソビエト・インド友好協力条約を結んだが、ソ連崩壊後ロシアとの二国間関係は防衛協力と限定的な経済関係に縮小しつつある。冷戦後、インドは複数の大国と緊密な連携を図りながら、「戦略的自律性」を追求した。

インドの脅威は、中国とパキスタンである。特にインドは台頭する中国からの安全保障上の脅威に直面している。そのため、インドは日米豪印戦略対話(Quad)に参加し、アメリカと複数の安全保障協定を締結した。また、インドは東南アジア諸国連合(ASEAN)と連携し、「アクト・イースト」政策を強力に推進してきた。

インドのジャイシャンカル外務大臣はその著書『インド流:変動する世界への戦略(The India Way: Strategies for an Uncertain World)』で、インドの戦略を「アメリカを関与させ、中国を管理し、ヨーロッパを開拓し、ロシアを安心させ、日本を巻き込む」こととしている。これは「同盟を避ける」、「多極化した世界に内在する対立を利用する」、「その結果生じる矛盾を受け入れる」という3つの原則によって形成されている。

ウクライナ戦争におけるインドの立ち位置

インドは、ロシア・ウクライナ戦争で非常に曖昧な立場を取り、その態度に西側諸国は不満を募らせている。インドは、国連のロシアのウクライナ侵略を非難する決議案で相次いで棄権し、ロシアへの公式な批判を避けている。

インドにとって今回の戦争は非常に危うい状況であり、ウクライナに対してどのような行動を取るにしても大きなリスクが伴う。ロシアを批判すれば、歴史的に重要な友好国を失い、中国とロシアが更に接近するおそれがある。

また、ロシアを支援すれば、対中戦略で有力なパートナーになるアメリカとの関係を悪化させることになる。しかし曖昧な態度を取り続ければ、インドはアメリカもロシアも敵に回す可能性すらある。

2016年6月、習近平氏との首脳会談に臨んだモディ首相(Prime Minister Office, Government of India /Wikimedia)

同盟の形成:バランシング・バンドワゴニング・ヘッジング

このような状況を踏まえ、インドが長期的にどのような戦略を取るかを国際政治学の理論を用いて分析する。国家が同盟を形成する際の行動形式として、バランシング、バンドワゴニング、ヘッジングの3つがある。

バランシングとは、国家が、自国の脅威となる大国に対して、他国と同盟を結び対抗することである。バランシングは、台頭しつつある大国が地理的に近くに存在し、その大国が攻撃的な能力を強化している際に選択されることが多い。

一方、バンドワゴニングとは、力を急速に拡大している大国に便乗し、協力する見返りに利益を得ることである。これは、利益の見返りに、大国に対して従属的な立場を受け入れることも意味する。

バランシングとバンドワゴニングの間には、ヘッジングがある。ヘッジングとは、国家が、他国との関係についての不確実性及びリスクが高い状況において、互いに反作用する複数の政策を追求することで、リスクを相殺しようとするものである。ヘッジングは、競争関係にある国に対して、将来誰と組むかを曖昧にすることで抑止の効果がある。

インドの将来予測3パターン

バランシング、バンドワゴニング、ヘッジングのフレームワークを活用して今後のインドの戦略的行動を予測すると以下の3つのパターンが予測される。

バランシング:米印関係の強化
中国がインド太平洋地域で地域覇権を確立し、国力の差が明確に拡大し、インドの安全保障を死活的に脅かす状況が生まれれば、インドは現在の戦略的自立性を捨ててバランシング政策を選択する可能性がある。この場合、インドは中国を「唯一の競争相手」と位置づけるアメリカとの協力関係を深めることになるだろう。

2014年にPew Research Centerが行った「将来的に最も頼りになる同盟国は?」という調査に対して、インド人の約半数がアメリカ、29%がロシア、26%が日本と回答している。もしロシアが中国と接近しない場合には、インドはロシアと同盟を結ぶ可能性も考えられなくはないが、現在ロシアの置かれる状況を鑑みるとその可能性は低いだろう。また、この世論調査は日本とインドのパートナーシップが今後強化される可能性を示している。

バンドワゴニング:アメリカ・ロシアとのインド太平洋利権分割
前提として、インドは中国と領土問題を含む競争関係にあり、中国にバンドワゴンする可能性は極めて低い。だが、中国が地域覇権を確立すべくアメリカに挑んだが、敗れ弱体化した場合には、中国の影響力が低下した地域や分野において利益を得るべく、アメリカやロシアに便乗し、地域秩序を再編しようとする可能性はゼロとは言えない。

ヘッジング:戦略的自律性の維持
最終的な地域覇権国が不明な状況ではインドはアメリカ・ロシア・中国に対してヘッジをかけ、一定の協力関係を維持することになる。インド太平洋におけるパワーバランスが劇的に変化しない場合は、インドは現状の戦略的なヘッジング政策を取り続ける可能性が高い。

結論:インドは緩やかに日米との関係強化に期待

今後中国の脅威が拡大する場合、インドはアメリカとの①バランシングと③ヘッジングの間で揺れ動きながらも同時に追求していくと考えられる。

クアッドで日本の菅首相(当時)らとの初の4か国首脳会談に出席したモディ氏(官邸サイト)

今後ロシアが中国と距離を縮めるのであれば、インドはロシアとの距離を置き、アメリカとの関係を強化し、より①バランシングを意識するだろう。もしロシアと中国が一定の距離を取るのであれば、インドは引き続きアメリカ・ロシア・中国の中で③ヘッジングを続けるだろう。

ハドソン研究所研究員の長尾賢氏は「インドが正式にアメリカの同盟国にならなくても、中国がインドはアメリカ側だと思い込めば、中国はその軍事予算をインド対策に割き、アメリカへの対抗に使う軍事予算を減らすことができる」と指摘し、公式な同盟関係なしに、両国の抑止力を高めることができるとしている。

日本は現在のロシア・ウクライナ戦争でインドが見せる曖昧さを“迷走”と切り捨てるのではなく、その“戦略的自律性”の意図を理解し、対中戦略で協力できる箇所は協力していくことが求められるだろう。

ジョージタウン大学外交政策学修士課程在学

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