ウクライナとゼロコロナが追い討ち…資本流出と元安で暗雲が垂れ込める中国経済
人民元の為替レート急落の要因解説- 人民元の為替レートが急落、中国政府や人民銀行の意図したものではない
- 米英などで相次ぐ利上げ。一方、中国は不動産危機などで金融緩和続行も元安に
- ここにロシアによるウクライナ侵攻と新型コロナの感染対策拡大が追い討ち
最近日本では円安が進行中だが、中国でも人民元の対ドルレートが急激に下落しており、5月11日には1ドル=6.7元をやや超えるところまで下がった(以下の図ではグラフが上向きに跳ね上がっている)。
もっともこの水準自体は、2019~2020年ごろには1ドル=7元を超えた時もあったので、まだ驚くほどの元安ではない。そもそも人民元の為替レートは、円やドルのような完全な変動相場制ではなく、人民銀行が市場の動きを参照しつつレートを決める管理フロート制と呼ばれる方式を採っており、人民銀行が輸出促進の観点からある程度の元安になるように市場に介入することが多い。
それでは今回の元安も減速する中国経済を刺激するための輸出促進策かと言えば、それは違うようだ。
中国政府に「不本意」な元安
中国政府・人民銀行は物価には神経質なまでに注意を払っているが、最近の消費者物価指数は前年同月比2月0.9%、3月1.5%、4月2.1%上昇と上昇傾向にあり、また生産者物価指数も4月は前年同月比8.0%上昇と、インフレの加速が懸念される状況となっている。こうした中で人民銀行が輸入品価格の上昇をもたらす大幅な元安を望むことは考えられない。
元安が急ピッチで進行する中で4月25日、人民銀行は金融機関の外貨預金準備率を1%引き下げ(実施は5月15日から)、為替市場での外貨買い・元売り圧力が弱まるようにしたが、このことからも今回の急激な元安は人民銀行や外国為替管理局の意図したものではないことがうかがわれる。
実は今年の2月までは2020年夏以来の元高のトレンドが続き、人民元の対ドルレートは1ドル=7元前後から今年の2月には6.3元近くまで1割以上上昇していた。2020年当時、主要国は新型コロナ対策として巨額の財政支出や大幅な金融緩和を行い、市場に大量の資金が供給された。
一方中国は、ゼロコロナ政策を採用していち早く感染拡大を抑え、世界に先駆けて経済活動が回復に向かい、中国国債は大胆な金融緩和を行った米国国債などと比べて相対的に金利が高くなったこともあって、世界にあふれた過剰流動性の一部が投資先を求めて中国の株や債券へ流れ込んで、元レートを押し上げたのだ。
元安をもたらす根本原因は?
ところが今その逆のことが起きて、中国から資金が海外へ流出している。アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)はインフレを抑制するために3月に政策金利を0.25%引き上げたのに続き、5月には0.5%の引き上げと保有資産の縮小を始めることを決定した。
FRBは、今後年内にさらに数回の引き上げを行うことが見込まれるほか、イギリスやオーストラリアなどの中央銀行も金利を引き上げて来ており、ECB(欧州中央銀行)も7~9月には資産購入プログラムの停止と年内の早い時期に政策金利の引上げが予想されるなど、世界の多くの国が金融政策を緩和から引締めに転じつつある。
一方、中国経済は昨年秋以降、大手不動産開発業者の恒大集団の経営危機が表面化するなど不動産セクターのバブル崩壊が始まり、また新型コロナの感染再拡大もあって景気の減速が鮮明となって来ているため、金融緩和などで景気を刺激しようとしている。
こうした中国とアメリカ等の金融政策の方向性の違いによって、海外から中国に流入してきた資金は、今逆に海外へ流出しつつあり、それが元安をもたらす根本の原因となっている。
ウクライナとゼロコロナが追い討ち
そして、こうした状況をさらに悪化させたのがロシアによるウクライナ侵攻と新型コロナの感染対策としてのゼロコロナ政策だ。
2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、中国に投資している海外の投資家に大きな不安を抱かせるものとなった。親ロシア的姿勢を保ち、国連安保理でロシアのウクライナ侵攻非難決議に棄権票を投じた中国は、欧米諸国からロシア経済制裁の抜け穴となるのではないかとの疑いの目で見られており、海外の投資家の中には中国も経済制裁の対象となる可能性を心配して資金を中国から引き上げる動きが出て、これが人民元安に拍車をかけた。
さらに、感染力の強い新型コロナのオミクロン株が感染の中心となる中で、中国各地で感染の拡大が起こっているが、そうした状況でも中国政府がゼロコロナ政策を維持し続けることが元安をさらに推し進めている。
昨年12月には人口約1300万人の西安市がロックダウンされて世界の注目を集めたが、その後も、トヨタの合弁企業がある長春市、各種製造業企業が集まる深圳、鉄鋼業が盛んな唐山など、中国経済にとって重要な都市や地域が次々にロックダウンされ、ついには人口約2500万人の中国最大の経済都市上海がロックダウンされる事態となり、首都北京でも外資系企業の多い朝暘区などで一部ロックダウンが始まった。
こうした厳しいゼロコロナ政策は、中国の消費や生産、物流に大きなマイナスの影響を及ぼしているため、海外の投資家は中国経済の先行きへの懸念を強め、資金を中国から引き上げており、元安が進行している。
実際、上海で初めての新型コロナによる死者が発表された4月18日以降、人民元レートは急激に元安となった。
そしてこうした資本流出と元安は、景気を刺激しようとする中国政府の経済政策の手足を縛るものとなっている。
4月25日、人民銀行は景気を刺激するために預金準備率を原則0.25%引き下げたが、これは大方の市場関係者が予想していた0.5%の引き下げよりも小幅だった。また、1月に引き下げられて以降引き下げが見送られていた人民銀行のMLF(中期貸出制度)金利は、大方の市場関係者の予想を裏切って4月も見送りとなった。これはやはりアメリカ等が金融引締めに向かう中で、中国が金融緩和を大胆に行うとさらなる資本流出と元安が生じることを人民銀行が恐れたためと思われる。
急激な元安と資本の大量流出を抑えるためには、今後中国も世界の主要国中央銀行の利上げに合わせて金融を引き締めていく必要がある。しかしそれは不動産セクターのバブル崩壊を加速させ、また新型コロナで傷んだ経済の回復を遅らせて中国の経済社会への痛みを増すこととなる。今の中国経済には暗雲が垂れ込めている。
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