ゴーンとプーチン“結託の産物”…ウクライナ危機が日本の自動車業界再編を誘発する

ルノーと日産の関係リバランス、今後のシナリオは?
ジャーナリスト
  • 「ウクライナ危機が日本の自動車産業の再編を誘発する」と井上氏
  • ルノーがゴーン時代に露アウトワズ買収。ウクライナ危機で約3000億円評価損
  • 経営危機のルノー、日産株を半分売却か?ルノー大株主の仏政府はどう判断?

ウクライナ危機の影響を最も大きく受ける自動車メーカーは仏ルノーであることは日本ではあまり知られていない。そして、このウクライナ危機が日本の基幹産業である自動車産業の再編を誘発する、というのが筆者の見立てだ。

2人の独裁者の意気投合が生んだ買収

2009年日産ロシア工場稼働に立ち会ったゴーン氏とプーチン氏(写真:photoXpress/アフロ)

ロシアのウクライナ侵略を受けてルノーはロシア事業からの撤退を決めた。ルノーはロシア事業の比率が非常に高く、キャッシュフローを依存していた。その理由は、カルロス・ゴーン氏がルノーCEO時代にロシア最大の自動車メーカー、アウトワズを子会社化したからだ。

2011年にプーチン大統領からゴーン氏に直接支援要請があり、拡大戦略を目指していたゴーン氏が数十万台の生産能力があるアウトワズの買収に飛びついた。ゴーン、プーチン両氏は似た者同士だ。ともに独裁者というだけではなく、私腹を肥やしている点がそっくりなように見える。類は友も呼ぶとでも言うべきか、阿吽の呼吸でアウトワズの買収が進んだ。

当初はルノーが50%、日産が17%をアウトワズに出資していたが、日産の持ち分をルノー側が引き取った。アウトワズはルノーが買収後、業績が好調で、ルノーの連結決算上、「孝行息子」となった。しかし、今回のウクライナ危機で、ルノーはアウトワズの操業を止め、株もすべてロシア側に売却することを決めた。

ルノーの経営危機で日産株に焦点

ロシアによるウクライナへの侵攻があった直後、ルノーはロシア関連で22億ユーロ(約3000億円)の評価損が発生すると発表した。ルノーはロシア事業を失うことで今後さらに経営に大きな打撃を受けることになるだろう。経営危機に陥るリスクさえある。

そうなった際にルノーが手っ取り早くキャッシュにできるのが日産株だ。ルノーの日産株の持ち分は約43%。日産の株式の時価総額2兆972億円(5月20日時点)から計算すると、資産価値は約9017億円ある。

(jetcityimage /iStock & Sergey Dementyev /iStock)

ルノーの内部状況に詳しい日産元役員は「ルノーは今後、キャッシュを得るために、日産の保有株を一部手放さざるを得ないだろう」と見る。両社の関係が完全に切れるのではなく、アライアンスは維持しながら出資比率を落としていく流れだ。ルノーが日産株を半分程度手放せば、4500億円程度のキャッシュを得られる。

日産側も、ルノーとの関係は維持しながら、経営の自由度をより高めるためにルノーとの資本関係の「リバランス」を望んでいる。こう望む背景には、「ポストグローバル化」の国際情勢が影響している。

ウクライナ危機の以前からグローバル化の在り様が大きく変化していた。1989年のベルリンの壁崩壊によって東西冷戦が終結し、世界のマーケットは一つになったと言われる。自動車メーカーはこのグローバル化の波に乗り、世界市場を攻略してきた。

グローバル企業の環境一大変化

ところが米中対立による地政学的なリスクの高まりによって、単に効率性を重視して市場拡大を目指してきた手法に限界が生じ始めた。企業は事業の継続性を重視する。万が一有事などの想定外のリスクが起きても事業を続けられる戦略が重視されるようになり、サプライチェーンの見直しなどが進んだ。

米中対立を意識した企業行動の一例をあげると、トヨタ自動車は米国と中国の開発部門が直接メールのやり取りすることや出張で行き来することに制限をかけた。

そして、自動車メーカーの行動を大きく変えているのが世界で進む脱炭素化の流れだ。電動化に莫大な投資を迫られるようになった。しかし、一言で電動化とは言っても、世界の各地域で、電動化に対する考え方は違い、それに伴い求められる商品も違う。欧州や中国では一気にEVシフトが進むが、米国はまだそれほどでもない。各地域の特性やニーズに合わせてきめ細かい対応をしていかないと、顧客を失うことになりかねない。

こうした経営環境下にあって、ルノーと日産が協力して単純にコストを落とすことよりも、それぞれが独自の戦略を展開し、企業のバリューを高めていくことの方が重視される局面になった。単に規模の利益を追求するだけでは両社協業のメリットが出にくい時代になったというべきかもしれない。
こうしてウクライナ危機の影響を受けてキャッシュを得たいルノーと、独自の戦略を展開したい日産との間にアライアンスに対する「温度差」が生じているように筆者には見える。日本政府もリバランスには大賛成と見られる。

ルノー・日産これからの山場

日産がルノーとの資本関係のリバランスをするために、カギとなるのはフランス政府の意向だ。かつて国営会社だったルノーの筆頭株主は今でも同政府であり、トップ人事は政府の専権事項であるように経営に大きな影響力を持つ。再選されたばかりのマクロン大統領がどう判断するかにかかっている。

2018年11月、ルノーの工場視察に訪れたマクロン大統領を案内するゴーン氏(仏大統領府公式動画

マクロン氏は日本政府や日産の意向に配慮するのではないかと筆者は見ている。フランスは安全保障上、アジアを重視し始めており、自衛隊と共同演習をした。その理由の一つは、南太平洋にある仏領ニューカレドニアで独立運動が起こり、その背後に中国の影がちらつくからだ。

ニューカレドニアはEVの電池などの材料となるニッケルの世界有数の産地であるため、中国が狙っていると言われる。フランスが太平洋の権益を中国から守るためにも、地政学的に日本とは友好関係を保持しておきたいはずだ。

もし筆者の見立て通りに「リバランス」が進めば、次に大きな「山」が訪れる。ルノーが保有する日産株を誰が引き取るかだ。日産自身が買い取る手もあるが、今の日産の財務状況では厳しい。スウェーデンのボルボを買収した中国の吉利が手を上げそうだという情報もあるが、これは日本政府が現在推進している対中戦略を意識した経済安全保障政策上、100%無理だろう。

そうなると日産株の受け皿はどこになるのか。キーワードは「日本企業」になってくるのではないか。筆者は2つのストーリーがあると見立てている。しかし、現時点では憶測の域を出ないので、まだ書かない。いずれお披露目したい。

 
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