過ぎたる社会保障が弊害をもたらす

コロナ禍の米国の事例が示唆すること
2021年05月26日 06:00
経済評論家、元参議院議員
  • 米雇用統計が市場予想を大幅に超える減少。藤巻健史氏も経験のない「大外れ」
  • 米国では「失業給付が手厚い給付が働く意欲を削いでいる」との分析
  • 過ぎたる社会福祉は弊害をもたらすこともある。どの程度の保障が必要か再考を

(編集部より)コロナ禍で世界各国が未曾有の財政出動をしている要因の一つが、失業給付などの社会保障です。「小さな政府」論はすっかり影を潜めた中、コロナ不況の長期化により、その持続可能性が問われつつあります。藤巻健史氏が注目したアメリカの経済ニュースとは?

Alina Kurianova/iStock

手厚い給付が働く意欲を削ぐ

少し前の話だが、5月7日に発表された米雇用統計の就業者数は市場予想を大幅に下回った。40年間、マーケットに影響を与える数字はじっくり見てきたつもりだが、ここまで予想が大外れしたことは記憶にない。

そもそも20万人増が経済好調のしるしと言われており、出てくる予想は12万人とか23万人とか、その程度のものが普通だった。それが今回はコロナ禍からの復興で100万人増とか120万人増とか、とんでもなく大きな数字が予想されていたから、外し方も次元を超えていたのだ(実際は26万6000人増)。

予想を外したことの分析を見ていると、日本では「市場が予想していたほど米景気の回復が著しくない。金融緩和からの出口はもう少し先ではないか?」との楽観論に基づく解説が多かったように思う。

しかし米国でのコメントは日本での反応とは毛色の異なるものも目立った。手厚い給付が働く意欲を削いでいるとの分析だ。おかげで、実際は人手不足が起きているというのだ。アマゾンの倉庫で働く人達が「時給1700円では安すぎる」とデモをしたというニュースを聞いたし、ボストン近郊に住む次男夫婦からは「郵便局の週末のバイト時給が2000円」とのポスターを見たとの報告が入った。これほどの時給をもらっても、手厚い失業給付をもらった方がいいということらしい。

実際、5月12日の日経新聞には「米失業給付加算に批判、『働く意欲そぐ』2州が打ち切り」というニュースが出ている。その中身はこういうことだ。

南部サウスカロライナ州のマクマスター知事は、州による失業給付に連邦政府が上乗せする特別加算を6月末でやめると発表した。モンタナ州のジャンフォルテ知事も6月中に特別加算を打ち切り、代わりに再就職が成功したら奨励金を出すと宣言した。

「格差は無ければないほど良い」「社会保障は厚ければ厚いほどいい」と盲信されている日本では、選挙を恐れて、彼らのような決断を下す政治家はいないだろう。しかし日本人が「格差が全くない」すなわち「結果平等国家」を目指すのなら、日本は完全な社会主義国家となる。「働いても働かなくても収入が同じ」なら人は働かず国家は衰退する。機会の平等は望ましくても結果の平等にはおのずと限度が必要なのだ。

どの程度の保障が必要か再考を

社会保障は、財政学的には「所得の再配分」だ。したがって、格差と同じ理由で「どの程度が必要なのか?」が重要だ。

日本では当然と考えられている国民皆保険も米国では当然視されていない。財政に負担がかかるからだ。オバマケアは国民皆保険だが、日本と違って、所得によって保険料が変わるわけではない。ごく低所得の人たちを除き、高額の保険料の払いを求められる。財政に過度の負担を求めないためだし、それが本来の保険だ。保険なら所得に応じて保険料など変わらない。日本でも火災保険は所得によって保険料が異なるわけではない。それが本来の保険だ。

個人に重い負担がかかるか、または財政に重い負担がかかるか(これも最終的には税金で補填されるので個人の負担)の問題のほかにも、過ぎたる社会福祉は弊害をもたらすこともある。

takasuu/iStock

日本でも過ぎたる失業保険や生活保護は、そこに安住してしまうという欠点も指摘されている。失業保険は就職先を見つけた時にこそ、準備金として支給すべきという主張も聞く。

かつてノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のゲーリー・ベッカー教授は「貧しい家庭ほど子供が多い」 との学説を発表している。豊かになると子供ひとり、ひとりにかける時間とエネルギーを 増やしたいと考えるからだそうだ。私の父の世代は大勢の兄弟が普通だったし、今でも貧しい国ほど、多産という事実を考えるとベッカー教授の説は正しいのではないかと思う。この学説に加え、過ぎたる介護保険等の社会保障が少子化の原因とも考えられる。

以前は、歳をとれば、昔は子供に面倒を見てもらわねばならなかった。しかし介護保険その他の社会保険が充実した現在は、子供に頼らずとも、国家が面倒をみてくれる。

財政赤字削減のために社会保障費の削減が不可欠なのは、ほぼコンセンサスだろう。しかし、その前に「格差は無ければないほどいい」「社会保障は充実していればしているほどいい」という固定観念を捨てて、どの程度の格差、社会保障が必要なのかを再考することも重要だと思う。

 

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経済評論家、元参議院議員

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