コロナ政策:なぜ国民に緊急事態としての緊張感が伝わらないのか

今こそ国に問われること
元航空自衛隊情報幹部

(編集部より)接種が順調に進んだ国と、大きく出遅れた日本の明暗を分けたものはなにか。再三の緊急事態宣言も、緊張感を失ってしまっている日本の構造的な問題について引き続き考えます。

(前半『ワクチン敗戦と河野前統幕長の憂い 〜 危機意識なき国家の体質が露呈』はこちら

イスラエルはどうワクチン確保したか

年明けに2度目の接種を終えたイスラエル・ネタニヤフ首相(首相府Facebook)

ワクチンを輸入に頼るイスラエルがなぜここまで迅速に多くの国民に対して接種が行われたのか。答えは明白である。米製薬会社ファイザーの最高経営責任者(CEO)ブーラ氏はホロコーストを生き延びたユダヤ人の息子であり、ユダヤ人のロビー活動にも積極的に関わっている。イスラエルに支援を惜しまないのは当然のことであった。

有事を想定した戦略物資に関わる研究開発への投資を怠ってきたわが国が、国産ワクチンの開発を待っていたのではとても覚束ないのは最初から目に見えていた。であれば、せめて欧米の企業などからのワクチン輸入やこの認可に関わる特例措置を戦略的に行わなければならない。

しかし、政府が政治的にこれに介入したのは、河野太郎規制改革担当相をワクチン担当相に起用して以降であり、菅総理本人が動いたのは訪米時に米製薬会社ファイザーの最高経営責任者(CEO)と電話会談した本年4月19日のことであった。ワクチンの認可についていえば、ファイザー社製のワクチンは今年に入って2月14日に、モデルナ社製とアストラゼネガ社製のワクチンはこの5月20日に漸く薬事承認が下りたという状況である。

新型ウイルスと戦うための戦略が欠落

この接種のやり方についても戦略性に欠けている。潤沢にワクチンが存在し、これを接種する態勢にも余裕があるなら話は別だが、現実はその逆である。医療従事者や基礎疾患を有する人が優先されるのは理解できるが、全国の高齢者(65才以上)から一律に接種するというのが、より多くの国民を守るという意味において真に有効な対応なのだろうか。今は新型コロナという敵と戦っている有事である。単純に平等性を云々する時ではない。このウイルスをいかに抑え込むかがすべてなのだ。

例えば、「感染者の多い都市部を中心に集中的に接種する」「現場に出向かざるを得ない労働者や在宅勤務不可能な会社員などの生産年齢を優先的に接種する」というような選択肢もあったのではないか。感染者が少ない地域の高齢者がスーパー・スプレッダーになることなどありえないだろう。そういう方たちこそ、ワクチンが行きわたるまでの間は旅行や外食などの行動を控えて頂くような対応でその地域の感染は抑えられるのではないか。

Fiers /iStock

そもそも、現在までの一連のコロナ対策は、政府が「新型コロナウイルス対策の特別措置法」に基づいて設置した「新型コロナウイルス感染症対策本部」の専門家会議で議論されて決められているようであるが、すでにこれだけ多くの国民の安全が侵害されているという国家的危機に直面している以上、この専門家会議の議論だけで政府の方針を決定するのは無理があるし危険である。この専門家会議には医療や経済や法律の専門家などが含まれているが、危機管理の専門家はいない。

国家としての意思決定が必要だ

つまるところ、国家の危機に国を挙げて対応するためには、国家安全保障会議を開催して現在の法規制に縛られない議論を展開し、国としての方針や行動を決定すべきなのだ。このような形式を踏まないから国民に緊急事態としての緊張感が伝わらないのだろう。

5/7のコロナ対策本部で発言する菅首相(官邸サイトより)

そして、この方針に基づき、新型コロナを抑え込むための切り札であるワクチンの入手手段や接種方法、その優先順位、これを実施する自治体や自衛隊の運用などを決めるとともに、治療薬の候補とされているアビガン、レムデシビルなどについて、現場の医師の判断で使用できるようにするなどの規制緩和を政治決定するような必要があるのではないか。

政府には、この専門家会議に頼るあまり現場の声がどうも届いていないようである。すでに国民の安全が侵害されているのだから、多少の不安要素を黙認してもより危険な状態を排除する行動に移さなければ被害は拡大する一方だ。これを決断するのは政府しかない。

筆者の出身高校は元医専であったことから同級生には医師が多いのだが、「ワクチンという盾もままならず、唯一の武器となる治療薬となりうる薬も使えず、ただ戦いに行けという。まるで我々は特攻隊のようだ」とか「重症者の最後の砦であるECMO(体外式人工肺)を使える医師が圧倒的に不足しているのは、新型コロナが流行し始めた1年半も前から分かっていたのに放置されたままだ」などといった悲痛の声があちらこちらから聞こえてきている。

恐らく、このままでは武力事態が発生した際も、自衛隊は(その行動に制限過多の現行法や政治決断の遅滞などで)手足を縛られたまま、圧倒的に不利な戦いに出動させられるのだろうと暗澹たる気持ちにさせられる。今からでも遅くはない。将来起きるかもしれない武力事態のためにも、失敗を教訓として今こそ国家の危機管理能力の向上を図ってほしい。

 

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