ガソリン価格の高騰を、プーチンや大手石油企業のせいにするアメリカ民主党

バイデン政権、後手の需要削減政策。半世紀前のニクソンの愚策再現?
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
  • アメリカのインフレでガソリン価格急騰、国民生活を直撃
  • 民主党は、“大手石油会社悪者説”に乗っかって防止法案を策定
  • バイデン政権はプーチンのせいにもしているが、そもそもは…

今年3月に前年比8.5%の上昇と約40年ぶりの大幅な上昇となったアメリカの消費者物価は、4月に入っても依然として前年比8.3%と高い上昇率が続いている。特に生活必需品の一つのガソリンの価格急騰は、メディアで頻繁に報じられるようにアメリカ国民の生活を直撃している。

JJ Gouin /iStock

政局不利の民主党が矛先にしたのは…

バイデン大統領は、ガソリン等の価格高騰はプーチン大統領が悪いといって責任を回避しようとしているが、これでは国民の理解を得るには程遠く、国民の不満が高まって大統領の支持率が下がって来ている。

このため今年11月の中間選挙では民主党が大敗北するという予想が次第に現実味を帯びてきており、民主党関係者は必死になって窮地を脱する方策を模索している。

そうした中で出てきた考えが、ガソリン価格の高騰は大手石油会社がコロナ禍の混乱に乗じて価格をつり上げているせいだという“大手石油会社悪者説”だ。エクソンモービルやシェヴロンなどの大手石油会社が、今年第1四半期に合計400憶ドル(約5兆2000億円)を超える巨額の利益を上げたことが民主党議員の目に留まったのだ。

今では多くの民主党議員は、大手石油会社が価格をつり上げて消費者からお金を搾取し、それを株主のための自社株買いや増配に使っていると主張している。そして5月19日、こうした石油会社悪者説に基づく法案が、ペロシ下院議長による精力的な民主党内賛成票のとりまとめによって、賛成217票―反対207票で下院を通過した。

民主党法案が「危険でバカげた」理由

Rocky89/iStock

この「消費者燃料価格つり上げ防止法(the Consumer Fuel gouging Prevention Act)」と呼ばれる法案によれば、大統領はエネルギー非常事態宣言を出して石油会社が「不当に過大な(unconscionably excessive)」価格で消費者にガソリンや家庭用燃料を売ることを違法とすることができ、FTC(連邦取引委員会)は違反者を取り締まって罰金を科す権限が付与されることになっている。

しかし、この法案は、共和党寄りの人ばかりでなくクリントン政権の財務長官だったサマーズ氏やオバマ政権の経済諮問委員長だったファーマン現ハーバード大教授といった民主党政権で経済関係の要職を歴任した人々まで、反対しており、サマーズ氏に至っては「(この法案は)危険でバカげたこと(dangerous nonsense)」とまで言っている。

なぜそこまで反対するかと言えば、現在のインフレが企業の価格つり上げが原因だという主張そのものが根拠薄弱で、インフレの真の原因は需要が供給をはるかに上回っているためだということを全く無視しているからだ。

ガソリン価格の高騰に代表されるインフレの高進は、サマーズ氏が昨年早くからワシントンポスト紙などで懸念を表明したように、バイデン大統領が新型コロナ対策として1.9兆ドル(約247兆円)のアメリカ救済計画法などの大盤振る舞いをしたことによって需要が爆発的に増加したことが根本原因なのだ

そしてインフレ・ファイターであるべきFRB(連邦準備制度理事会)は、政権に忖度したのかあるいは空前の高水準に達していた株や不動産などのバブル崩壊を恐れたのかどちらかわからないが、昨年春から夏にかけて物価が上昇傾向を見せ始めた時にそれを「一時的なもの」と言って、金融引締めを先延ばしにしてしまったことが、現在の高率の物価上昇を招いたのだ。

したがって今バイデン大統領とFRBがするべきことは、過熱している需要を抑えることであって、プーチンや石油会社のせいでガソリンが高くなっていると言って責任を他者に押し付けていただけでは、インフレへの対処がますます手遅れになってしまう。

ガソリン高への国民の不満に、バイデン政権の矛先は…

半世紀前のニクソンの「愚策」

また、サマーズ氏が指摘しているように、この法案のもう一つの問題点は、仮にこの法案が成立して実施されると、売り惜しみなどの様々な形でモノ不足を招いたり、企業が価格の上昇に反応して供給を増やす動きを弱めたりすることだ。仮にこの法案が成立して一時的に価格上昇を抑えることができたとしても、その反作用として供給不足が発生して市場から手痛いしっぺ返しを受けることとなる。

実はアメリカは約半世紀前に既に一度その痛い経験をしている。

1971年8月15日のニクソンショックは、ドルと金の交換を停止しただけではなく、物価と賃金の90日間凍結などの措置も同時に実施した。この物価凍結策は当初は物価高に苦しんでいた国民に大歓迎され、ニクソン大統領は2期目の大統領選挙で地滑り的勝利を収めた。しかし物価・賃金の凍結が解除されるや否や、それまで抑え込まれていた物価上昇圧力が爆発したためニクソン大統領は再度物価統制を行ったが、その結果は生産者が低い価格での出荷を止めたため、スーパーの棚から肉が消え、ガソリンスタンドに給油の車の長蛇の列ができることとなった。

今回は幸いにして、上院では民主共和両党の議席数が50対50と拮抗している上に、民主党の上院議員の中にはこの法案に反対の人もいるため、法案は成立しない可能性が強い。

バイデン大統領とパウエルFRB議長は、強力な金融引き締めや歳出カット、増税などの需要削減政策をできるだけ早く行うべきだ。もちろんその結果、大幅なリセッション(景気後退)を招くこととなるが、今となってはインフレを抑える手立てはもう他にない。

 
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)

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