「菅首相より好待遇」喜びもつかの間、同盟のジレンマに陥る文在寅

「重荷」となる合意の中身とは?
早稲田大学名誉教授
  • 米韓首脳会談を重村智計氏が独自分析。米国は成功、中国は反発、北は沈黙
  • 合意に「台湾海峡の平和と安定」「民主主義と人権」は韓国にとり重荷に
  • 米、中、北…韓国が陥る「同盟のジレンマ」。日韓関係に変化は訪れるか?

(編集部より)トランプからバイデンへと政権交代してもなお米中の対立は激化の一途です。トランプ時代の米朝首脳会談に“便乗”するなど存在感をあげるのに躍起だった韓国・文在寅大統領。先ごろの米韓首脳会談が意味するものは?朝鮮半島問題の第一人者、重村智計氏が独自の情報と視点をまじえて振り返ります。

はじめからズレていた米韓の思惑

両首脳、笑顔のウラで…(韓国大統領府Facebook)

5月21日に行われた米韓首脳会談が、日米韓中朝の国際政治に変化をもたらした。バイデン大統領は米朝首脳会談に応じる方向に政策を変更し、米国は米韓同盟強化に成功した。だが中国は会談内容に反発し、北朝鮮は沈黙している。

首脳会談に臨む両首脳の意図は、全く違っていた。バイデン大統領は、トランプ前大統領がバラバラにした同盟国(日本、韓国、欧州)との関係強化を狙っていた。同盟関係を再強化し、中国とロシアに対抗するためだ。

一方、文在寅大統領は北朝鮮の金正恩総書記に嫌われ、南北対話はもとより南北首脳会談の見通しが全く立たない。来年5月の大統領退任までに南北首脳会談を再開し、歴史に功績を残したい。そのためには、米朝首脳会談の実現が不可欠で、「米朝首脳会談はしない」とのバイデン大統領の方針を変えさせたかった。

両首脳のこの思惑は、達成できたと言っていいだろう。バイデン大統領は、記者会見で「米朝首脳会談に応じない方針は変わらないのか」と聞かれ、条件はつけながらも「首脳会談に応じる」との立場を示唆した。

これは、文在寅の要求に応じたものだが、その一方で文大統領に「台湾海峡の平和と安定」の表現に同意させた。韓国が「台湾」に言及したのは初めてだ。これは、米韓同盟をこれまでの対北朝鮮抑止から対中国抑止に公式に広げたもので、東アジアの国際関係に影響を及ぼす。

米国は、来年春の文在寅退陣を見据え、韓国次期政権を米韓同盟に繋ぎ止める布石に成功したと言える。文在寅大統領は、バイデン大統領から「非核化を話し合うなら首脳会談に応じる」との政策変更を引き出した成果を北朝鮮に伝え、南北首脳会談再開を狙うが、こちらは前途多難だ。

米韓同盟強化と引き換えにワクチン供給

米韓首脳会談の成果について、多くのメディアは①朝鮮半島の非核化で北朝鮮と対話②台湾海峡の平和と安定の重要で一致③日米豪印の「クアッド」活用と協力④韓国軍兵士55万人にワクチン供給――と報じた。

しかし、注目されなかった合意がある。「民主主義と人権」だ。共同声明で「民主主義と人権」の価値が何度か強調されており、外交手段として「民主主義と人権」を掲げるバイデンの外交戦略に、韓国が同意したことになる。この「民主主義と人権外交」の矛先は、明らかに中国と北朝鮮だ。これは、中韓関係と対北朝鮮関係推進の重荷になる。

韓国は、米国との同盟を選ぶか同族の北朝鮮政策を優先するか、中国の意向に忖度するかの「同盟のジレンマ」に直面している。

韓国内では、米韓首脳会談の成果はなかった、との野党や保守勢力の批判がある。首脳会談直後から韓国は大統領選ムードに突入したため、与野党間で評価が二分されているのが実情だ。

文在寅政権は訪米前、首脳会談の成果として、新型コロナウイルスに対する米国からのワクチン供給を掲げていた。それがゼロ回答だった。ワクチンは韓国軍兵士にだけ供給されるが、これは米韓同盟を強化するならワクチンを供給する、との米国のあからさまな要求を意味するものだ。

文在寅大統領は「最高の会談だった。期待以上だった」と自画自賛したが、何が期待以上なのか。韓国メディアは①菅首相よりいい昼食だった②夫人同伴で「菅首相よりいい待遇を受けた」③菅首相のように中国名指し批判をしないで済んだ――と伝えた。

なんのことはない、菅義偉首相との比較で好待遇だった、と子供じみた「自画自賛」をアピールしたのだが、内外のメディアや専門家の批判は厳しい。これでは中国も北朝鮮も満足せず、韓国外交は困難に直面すると指摘した。

中国が許さない「韓国の裏切り」

theasis/iStock

韓国では「中国を名指しで批判せずに済んだ」ことが会談の成果として挙げられているが、中国は反発している。韓国内では「中国の反発は日本に対するものよりも弱い」と評価する声もあるが、中国が不満を示していることは事実である。

米韓共同声明は、日米首脳会談の表現を借りて「台湾海峡の平和と安定で一致した」と盛り込んだ。中国外務省報道官は、5月24日に「台湾は完全に中国の内政問題だ。いかなる外国勢力の干渉も容認できない」と反発した。また「関係国は台湾問題で発言や行動を慎重にして頂きたい」と述べた。韓国に対し「台湾に言及するな」と脅したのだ。

中国は韓国に「台湾は中国の一部」との方針を認めさせた、と考えている。一方、日米は、中国のこの意向を「尊重する」「配慮する」の表現で、中国の認識に「同意」してはいない。

だから、中国は日米の共同声明以上に、米韓共同声明を問題視し、「韓国の裏切り」と受け止める。これは、大国中国と小国韓国の悲しい現実なのだ。中国は、韓国に対してあからさまに大国主義外交を展開する。また、米国は韓国の要求でミサイルの射程制限を撤廃した。これまでは米国が韓国のミサイルの射程を800キロメートルまでに制限していた。だがこの制限の撤廃により、韓国は中朝全域をミサイル攻撃できることになり、中国はこれにも反発する。このため、文在寅大統領の訪中や習近平主席の訪韓の可能性は無くなった、と多くの専門家は見通している。

金正恩の不気味な沈黙のウラ

北朝鮮は、不気味なことに米韓首脳会談に沈黙を続けた。北京の中国外交関係者によると、この首脳会談直前に米国は北朝鮮に「トランプの外交成果を承認し、米朝首脳会談には応じる用意がある」と伝えたという。複数の外交高官が確認した。

このため、北朝鮮はなお米国の政策を検討中だという。北朝鮮は、8月の米韓合同軍事演習が実戦形式で行われるかどうかに注目している。北朝鮮は、かねて米国の「北朝鮮敵視政策の放棄」を求めており、それは具体的には、米韓合同軍事演習の中止を意味する。金正恩総書記は、トランプ前大統領と米朝首脳会談と南北首脳会談で、米韓合同軍事演習の中止に合意しており、バイデン政権がどうするかを注視している。

南北朝鮮の関係は、北朝鮮が「文在寅は相手にしない。信用しない」との立場を明らかにしており、南北対話再開はまずないだろう。金正恩総書記は、米朝首脳会談の際に文在寅大統領に騙されたと、なお怒っているからだ。

日米韓首脳会談は実現するか

日韓関係については、米韓首脳は「日米韓協力関係は重要」と同意しており、文在寅は日韓関係をこれ以上悪化しない約束をしたことになる。日韓関係悪化には歯止めがかかったと言えるだろう。

6月のロンドンでの先進国サミットで韓国はオブザーバー出席するが、日米韓首脳会談の開催と、日韓首脳会談が実現するかに注目が集まる。

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