コロナワクチンの「源流」日本人博士の約半世紀前の偉大な発見とは?

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第3回
化学講師
  • コロナワクチンは史上初のmRNAワクチン。mRNAとはそもそも何か?
  • 完成が早く、安全性が高い。mRNAワクチンの画期的なメリットとは?
  • 古市泰宏博士が約半世紀前にキャップ構造を発見し、mRNAの研究進展

新型コロナウイルスワクチンの「自衛隊大規模摂取センター」での摂取が、東京と大阪で始まりました。「やっとか」といったところでしょうか。それに対して、ワクチンの開発は「早い!大丈夫なの?」と感じた人も多かったと思います。日本は開発も摂取も遅れ、「ワクチンについては良いところが無い」と思われがちですが、そんなことはありません。

とある日本人博士の発見が今回のワクチン開発に大きく貢献しています。その名も「キャップ構造」。この発見がなければmRNAワクチンの誕生はあり得ませんでした。

recep-bg/iStock

新型コロナとmRNAワクチン

わたしたちの「遺伝情報」はDNAに刻まれています。遺伝情報とは、体を作っている「たんぱく質の設計図」です。そして、mRNAは「設計図のコピー」です。細胞の中で毎日「設計図のコピー」であるmRNAが作られ、そのデータを元にたんぱく質が作られています。

そして、テレビなどで一度は見たことがあると思いますが、コロナウイルスには「スパイク」とよばれるたんぱく質の突起があります。サッカーボールのような球の表面に、きのこのような突起物がたくさんついたイメージです。このスパイクの設計図のコピー、すなわち「スパイクのmRNA」が新型コロナウイルスのワクチンです。

スパイクのmRNAを体内に入れることで、体内でスパイクが作られ、免疫システムが反応し、抗体を作って撃退します。この撃退法を免疫システムは記憶するので、実際にコロナウイルスが侵入してきたとき、スパイクを攻撃して感染を防ぐことができるのです。

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mRNAワクチンが画期的な理由

mRNAワクチンが優れている点の1つ目は「完成が早い」ことです。もともと、がんや感染症のためにmRNAワクチンの開発がかなり進んでいた背景もありますが、それだけではありません。

今までのワクチンは、実際のウイルスを入手し、培養。そしてそのウイルスを弱体化させたり、たんぱく質の一部を取り出して作るため時間がかかります。それに対し、mRNAワクチンは設計図のデータが入手できればよいのです。実際のウイルスを手にいれる必要はありません。ネット時代の今、データを入手するなんて簡単なことですよね。

そして、2つ目の優れている点は「安全性が高い」ことです。今までのワクチンは、弱めているとはいえ、実際のウイルスをワクチンとして摂取していたため、ある程度のリスクはありました。しかし、mRNAワクチンは生き物ではなく、もともと体の中にあるので、物質自体は安全なのです。

そうはいっても、史上初のmRNAワクチン。その副作用や効果が気になりますよね。厚労省の特設サイトでは、副作用について「注射した部分の痛み、疲労、頭痛、筋肉や関節の痛み等」が挙げられており、「こうした症状の大部分は、接種後数日以内に回復しています」としています。一方で、「まれな頻度でアナフィラキシー(急性のアレルギー反応)が発生」する場合もあり、接種会場や医療機関ですぐに治療することになっています。

効果については、横浜市立大の研究により、2回目摂取後は、99%以上の人に従来株に有効な抗体、90%以上の人に変異株にも有効な抗体が確認できた、としており、ひとまず安心といったところでしょうか。

キャップ構造とその役割

今から50年ほど前、古市泰宏博士はmRNAの末端に「特殊な構造」があることを見つけます。それが「キャップ構造(以下、キャップ)」です。それは、当時、研究者たちが信じていた末端の構造とは異なるものでした。そしてその後の研究により、キャップには大きな役割があることが判明したのです。

その1つ目は「たんぱく質の合成における重要な目印」です。たんぱく質の合成が始まる際、合成する場所とmRNAが結合するのですが、キャップが結合の目印となっていたのです。すなわち「たんぱく質合成においてキャップは必要不可欠」ということです。

Fernando da Cunha/iStock

もう一つは「mRNAが分解されにくくなる」ということです。キャップをもつmRNAは数日間安定して存在できますが、キャップを外すとたちまち分解されてしまいます。書類を綴じているホチキスの針がはずれると書類がすぐにバラけてしまうイメージですね。キャップは、ホチキスの針のような役割もしているのです。

このキャップ。人間が作るmRNAにはついていないため、人工的につける必要があります。当然、mRNAワクチンも例外ではありません。よって、キャップの発見がなければ、mRNAワクチンの開発も困難だったのです。

技術の進歩は自然界にもたらされている

初めて「mRNAワクチン」というワードを聞いてから、その完成までがあまりにも早かったため、今回のワクチンが簡単にできたと感じた人も少なくないでしょう。

しかし、そんなことはありません。他の技術と同様、長い間基礎研究が積み重ねられ、やっと実用化に至ったのです。実用化への最後の後押しとなったのが、新型コロナウイルスの出現でした。

人間の技術は「ウイルスにどう打ち勝つのか」「自然災害からどう身を守るのか」といった、自然界から与えられた課題を克服するために進歩してきた、といっても過言ではありません。人類史上初のこのmRNAワクチンが、最終的に新型コロナウイルスに勝利するのかどうか、本当の意味での結果はまだわかりません。ただ、このワクチン一つとっても、私たち人間は自然界に学び、自然界に生かされているのだと感じずにはいれません。

 

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