オーストラリア新政権がすぐには「親中」に戻りにくい事情…日本はどう注視すべきか?

【後編】アルバジーニ労働党政権の対中政策を占う
日本国際問題研究所研究員
  • オーストラリア新政権が当面「親中」に方向転換しづらい事情とは?
  • 4年前と一変した国民感情。日米インドとのクアッドにはどう臨む?
  • 米英と昨年発足した「AUKUS」はどうなる?日本はどうすべきか?

前編ではオーストラリアの労働党新政権の対中政策を占うポイントとして、外交安保政策のキーパーソンが政権No.2のリチャード・マールズ副首相兼国防相であり、就任後から関係改善への意欲を示し、過去5年間で10回以上も中国大使館に出向くなどしてきた事実を紹介した。

これに中国側は好意を示しているものの、だからと言ってオーストラリアの新政権が具体的な行動を起こして応えるのは難しい。後編はそれらの事情について説明する。

Kagenmi /iStock

オーストラリアの国民感情は?

シドニー工科大学(UTS)の豪中関係研究所(ACRI)が最近行った世論調査では、オーストラリア人の78%が中国政府に不信感を抱いていると答え、84%が北京は政治的不一致を理由に貿易を利用してオーストラリアを罰することも辞さないとしている。

また、台湾をめぐる米中の軍事衝突にオーストラリアが関与することへの支持は11ポイント上昇した(56%)。また、ローウィー研究所の調査によると2018年には中国は「連携相手」であると82%であり、「脅威」という認識は残りの12%と回答していたのが、2021年には34%が「連携相手」と下がり、中国は「脅威」だと63%まで上がった

このような対中世論は、オーストラリアの新政権が中国との関係改善に大きく舵を切ることを制限するのに十分なものであろう。

クアッドの行方

2004年に発足したクアッドは、一度挫折を経験しながらも時を経て2017年に復活した。2021年の首脳会談を経て、今や首脳レベルで定例化されたクアッドは、インド太平洋地域におけるメインアクターの一つとなった。

しかし、対中国包囲網として認識されていたクアッドはASEANなどを含む同地域諸国などの理解を得るためにも、その対中色を薄めるためか、軍事面よりも気候変動やワクチン供給などを含む地球規模課題に対応するソフトな安全保障を重視するようになった。国際公共財を提供する枠組みとしてのクアッドは地域諸国に受け入れられやすくなったとはいえ、その枠組み次第ではアイデンティティの喪失に繋がる可能性がある。

では、アルバニージ政権はどのような方向に舵を切ろう前述の通り、気候変動問題を重視していることからも、クアッドをより非伝統的安全保障に注力する方向性に促す可能性が高いと言える。

今年5月のクアッド4か国首脳会談(官邸サイト)

遅すぎるAUKUS

豪米英が昨年9月に発足した協力枠組み「AUKUS」においても、中国はこれを「インド太平洋版NATO」ないしは「中国封じ込めのための軍事協定」と見ており、反発を強めている。AUKUSは米英によるオーストラリアへの原子力潜水艦の供与が主な柱となっているが、原子力潜水艦の完成は20年以上先の2040年以降になると言われており、オーストラリアの安全保障上、大きな制約になっている。2035年には中国が米国のGDPを抜くと試算が出ており、軍事費への支出の割合が増えることも考えると、2040年という年月は時既に遅しと言わざるを得ない。

また前述の通り軍縮核不拡散を推し進めるアルバニージ首相が、この長い道のりとなる計画に対して本気で進める気があるのかについても懐疑的な見方が存在する。補足として、AUKUSの問題は既存の核不拡散レジームの中では合法的な立場であり、国際原子力機構(IAEA)の厳しい審査のうえ是認されており、問題ないとされている。

しかし、ここで述べている問題意識として、首相自身の選好性と原子力潜水艦完成の現実的なタイムラインから見ても、前政権と比べてどこまでこの枠組みに積極的に関与するのかは疑問である。どちらかというと新興技術に関する技術協力と3カ国の「永遠のパートナーシップ」としての象徴的意味合いが強く残るだろう。

当面の方向転換は考えにくいが…

アルバニージ首相はこれまで対中強硬スタンスを崩してはいない。しかし、政権の外交・安全保障政策のキーパーソンであるマールズ副首相兼国防相はクアッドを重要視し、引き続きコミットすると明言している。対中国という色彩を薄め、より同地域への国際公共財提供の枠組みに進む可能性も拭いきれない。今年で国交50周年を迎える豪中関係を踏まえて、中国側は「両国関係を健全で安定した軌道に戻す貴重な機会だ」と訴えている。これまでのマールズ副首相の言動や中国とのネットワークを鑑みるに、今後オーストラリア側がこれに応えていく可能性は高いだろう。

しかし、今現時点での国民の対中感情を踏まえれば短期的での対中融和姿勢の方向転換は考えにくいと言える。人権問題を重視する労働党政権としては新疆ウイグル問題も緊張の引き金になりうる。双方とも関係改善のためのボールは相手側にあると認識しており、可能性としては、中国がオーストラリアに課している高関税の撤廃は一つの関係改善の機会になると考える。

日本としてもクアッドの一角を成すオーストラリアの中国との関係はクアッドのこれからの連帯維持に重要な要素であり、引き続き注視していく必要がある。他方で、クアッドの戦略目標に立ち返ると、普遍的な価値を共有する枠組みとして長期的に存続するためにも、軍事面での協力をより推進していくべきだ。特に、台湾有事や南シナ海の問題などは喫緊に議論すべき課題であるだろう。

日本国際問題研究所研究員

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