なぜ遅れたワクチン接種…国内治験は必要だったのか?
12月下旬に接種スタートできた可能性- コロナワクチン遅れは開発元の海外臨床試験に加え、独自の国内治験があるとの指摘
- 海外治験にはアジア系も参加し、一定の有用。中途半端に形式的な国内治験は必要か
- 海外共同治験に日本も参加するか、英米型のより迅速な「緊急使用許可」の検討余地

5月18日に発表された2020年度の実質GDP成長率は、コロナ禍の影響で前年比4.6%減となり、リーマン・ショックの影響がでた2009年のマイナス3.6%を下回り、1994年度開始の統計基準において最大の落ち込みとなった。景気を回復させるためには,新型コロナ感染症をできるだけ早く終息させることだ。そのための鍵となるのは、ワクチン接種の普及拡大による集団免疫の獲得だ。
各国のワクチン接種状況をみると、イスラエル、アメリカ、イギリスなどは12月初旬から接種が開始され、開発元の製薬会社が必要とする回数の接種が完了した人口割合は、現時点で、イスラエル60%、アメリカ38%、イギリス31%となり、コロナ感染状況の劇的な改善が観察されている(※1)。
一方、日本国内では2021年2月17日から医療従事者、4月中旬からは高齢者を対象にワクチン接種が開始されたが、各地で予約申込みが殺到し接種スピードがなかなか上がらない。その中でコロナ感染者数は増加し続け、東京や大阪などの大都市圏を中心に3回目となる緊急事態宣言が発令され,来る7月23日からの東京五輪開催が危ぶまれる事態となっている。
欧米と比較して日本国内のワクチン接種開始が遅れた理由として、開発元の製薬会社(アメリカ・ファイザー社)の海外臨床試験に加え、日本が独自に国内臨床治験を実施したためであるとの指摘がある。
国内治験へのこだわり
新薬の臨床実験(治験)は一般に、開発元の製薬会社が第Ⅰ相、第Ⅱ相、第Ⅲ相試験を通して安全性と有効性を確認したのち厚労省に申請,厚労省が承認すると、医薬品として製造・販売が開始される。通常、新薬の治験から承認まで少なくても5年以上かかるとされる。
今回のワクチンに関してファイザー社は、第Ⅰ相試験として2020年4月からドイツとアメリカで約195人を対象として治験を行ったあと、同年7月下旬から海外6か国(アメリカ、アルゼンチン、ブラジル、南アメリカ、ドイツ、トルコ)と共同で、約4万人の被験者を対象に第Ⅱ/Ⅲ試験を実施した。この第Ⅱ/Ⅲ試験では被験者4万人を対象に追跡調査を行い、ワクチンの有効率は90%以上と推計された。
11月14日に発表されたこの結果をもとに、ファイザー社はアメリカで2020年11月20日、イギリスで11月30日に当局に対して『緊急使用許可』を申請。それぞれ12月11日、12月2日に許可されワクチン接種が開始された。第Ⅱ/Ⅲ相実験結果発表からわずか3週間というスピードであった。
一方、日本はファイザー社の海外共同治験には参加せず、独自に10月18日から日本人成人160人を対象に第Ⅰ/Ⅱ相試験を開始した。ファイザー社が厚労省に製造販売承認の申請が行った12月18日時点では2回目の接種が完了。副反応などの経過観察を行った後、2021年2月上旬に国内臨床試験の結果が提出され、2月14日に『特例承認』された。

英米と比較して日本の接種開始が遅れた原因のひとつは、『緊急使用許可』と『特例承認』の差である。英米の『緊急使用許可』は、非常事態に未承認の新薬使用を治験中でも許可する制度であり正式な承認は後日になるが、日本の『特例承認』は、医薬品医療機器法(薬機法)に定められた制度であり、非常事態に他国で販売されている新薬を通常よりも『簡略化された手続き』で正式に承認する。
医薬品の有効性や安全性は一般に、人種などの遺伝子情報や生活環境によっても異なるとされる。ましてや今回のファイザー社のワクチンはmRNAワクチンと呼ばれ、今まで人類に接種したことがない新しいタイプのものである。緊急事態とはいえ、海外の治験データの結果だけで日本人にワクチン接種を進めるのはリスクが大きいと政府は判断し、薬機法で定める『簡略された手続き』においても、承認前の国内治験を要求した(※2)。
この国内治験は本当に必要であったのか。ファイザーによると、海外治験(第Ⅱ/Ⅲ相試験)の被験者4万人のうち約1600人程度がアジア系人種であり、人種、年齢、性別などで、有効性・安定性は一定であるとしている。今回実施した被験者160人の国内治験(第Ⅰ/Ⅱ相試験)は、免疫原性(ワクチン接種によって産生される中和抗体の測定)と安全性(副反応の程度の測定)であり、ファイザー社の海外治験(第Ⅱ/Ⅲ相試験)で代替できた可能性が高い。つまり仮に国内治験を省略していれば、日本でのワクチン接種は12月下旬から開始され、(グッドシナリオで)3回目の緊急事態宣言は発令されず、多くの観客を入れた東京五輪の開催も可能であったかもしれない。
2兆円ロス?今後へ2つの課題
経済学には機会費用という考え方がある。機会費用とは、複数の選択肢があった場合、実際には選択しなかった別の選択肢を選んでいたら得られたかもしれない利益のことをいう。今回の国内治験の機会費用は1兆円とも2兆円とも言われる。この間にコロナで亡くなられた方々やご遺族のことを考えれば計り知れない。
未だワクチンの長期的安全性に対する懸念も残る中、特例承認を使って通常よりも速くワクチンの国内使用を許可したことは、いつも慎重な厚労省にとっては異例なことであったと言えるかもしれない。しかし、中途半端な形式上の治験だけが行われ、ワクチン接種の開始が遅れてしまったという指摘は否定できないだろう。特に以下の2点については改善の余地がある。
第一に、日本人の治験結果がどうしても必要ならば、ファイザー社の海外共同治験に参加することを検討すべきであったのではないか。
第二に、海外共同治験に参加できなくても、その治験結果で十分な安全性と効果が確認できれば、欧米のように治験中でも迅速な使用を認める新薬の『緊急使用許可』制度を整備すべきであろう。
現在政府は、将来のパンデミックに備え、来年にも新薬使用許可プロセスの迅速化に向けた薬機法の改正を目指しているとの報道もあるが、加えて長期的には、国内でのワクチン開発や治験基盤の脆弱性など日本の構造上の問題も解決の道筋をつけるべきであろう。
(参考文献)
※1:NHKニュース 2021年5月23日
※2:2020年12月2日成立の改正予防接種法の付帯決議により、事実上国内治験を実施することが義務化されている。
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