拙速AV新法「次は我が身」〜 規制の簡易評価と「2:1ルール」で低コスト社会へ
“田中角栄型”からオーストラリア型の規制見直しに転換を- 通常国会終盤、拙速に決まった「AV新法」の問題点を規制観点から分析
- AV規制も、日本の伝統的な政策形成プロセスである「一本化調整」
- 「一本化調整」の弊害とは?2対1ルールなど諸外国の規制見直しの利点は?
参院選も終わり、向こう3年間選挙のない中じっくりと進めてほしいのは規制見直しのやり方に関するアップデートです。例えば拙速に決まった「AV新法」は、英・豪・加でこの10年間発展してきた定型的で持続可能な新しい規制見直しの手法に反しています。

“田中角栄”方式だったAV規制
2対1ルールに代表されるこれらの方法は、ステークホルダーとのコミュニケーションが重視されています。ステークホルダーとはあらゆる利害関係者を示し、AV新法ならば出演者や撮影スタッフなども該当。最も実務に詳しく、最終的に規制コストを支払い、ルールの遵守が託される者たちです。
しかしAV規制立法過程では日本の伝統的な政策形成プロセスである「一本化調整」の方法が取られていました。これは政府と民間の交渉窓口を1本化して政策形成を効率化する手法で、田中角栄氏によるテレビ放映権差配が代表例です。
戦後から今日に至るまで、医療行政における医師会や農政における農業協同組合などが「岩盤規制」を守り影響力を維持しつづけるのも、一本化調整の副産物です。
AV業界「一本化調整」が失敗する訳
AV新法は22年4月のAV出演被害防止PT設置から本格的な検討がスタートしましたが、法案成立までの1か月半で意見交換したのは事業者側の団体としてはAV人権倫理機構のみ、公聴会は5月9日の一度きりです。
この政策形成プロセスに対し、「適正AV」という形で自主規制を守ってきた出演者・プロダクション・監督・メーカーらが「業務・運営について聞き取りは一切行われなかった」と反発。「働きづらくなり、失職や廃業につながる」と新法の修正を要望した署名活動は、開始1週間でおよそ1万人を集めました。(参照:キャンペーン · 女優・男優・スタッフが働きやすい「AV新法」にしてください · Change.org)
このように従来型の「一本化調整」がうまく行かなかった原因は、AV人権倫理機構が配信会社と大手メーカーらによる「規制監督をする団体」だからです。結果として真に現場を知り実務を担う出演者やプロダクションなどの意見は反映されず、運用しづらい手続きや強すぎる制約が義務付けられることになりました。
なぜ「一本化調整」がダメなのか
このような「一本化調整」の弊害はAV業界に限りません。たとえば医師会は医療の最前線にいる若手病院勤務医の声を反映しておらず、農業協同組合の施策は将来を担う新規就農者の方向を向いていません。
一本化政策は既存業者を守り新規参入や新しい試みを阻むという方向にインセンティブがかかり、現場への不見識により生まれる規制のグレーゾーンは政府の裁量権を最大化します。
これらを反映して日本の規制立法の透明性はOECD加盟国中最低。塩村文夏参議院議員の「許可制など。そこまでしたほうがよいですか?」という反論には批判が集まりましたが、このような政治家の一方的な発言はまさにその現実を示しています。
(図)Stakeholder engagement in developing primary laws(OECD)
実効性高いオーストラリアの政策形成
規制見直しの先駆者オーストラリアでは、新しい規制を作るには通常6〜10か月程度をステークホルダーの意見集約に費やします。複雑化した成熟社会においてはこのようにボトムアップで規制の現場への影響を考慮し、効率的で実効性の高い政策形成につなげる必要があります。
その具体的な指標となるのが規制コストですが、これまで政府は官僚の負担増を理由に消極的でした。しかしオーストラリアでは「規制負荷測定ツール」が公開されており、モニタリングや行政手続きから生じる「行政手続コスト」、購入や維持管理が必要となる「遵守コスト」、手続きや承認待ちによる「遅延コスト」が簡易・定型的に算出されます(参照:Commonwealth Regulatory Burden Measure)。
さらにオーストラリアではこれらの新規規制による負担は、既存の規制負担を削減することで相殺し、民間企業の規制コストを膨張させない仕組みが定めています。同様の「規制コストの総量削減」はイギリスとカナダ、そしてトランプ政権下でのアメリカでも採用され、通称「2対1ルール」と呼ばれています。
(図)日本と諸外国の規制改革方針の違い
規制見直し議論に期待
かつて「徹底的な行政改革で財源を生み出し、それを現役世代・若者に分配する」と訴えた民主党は2009年に政権交代し、有名な「仕分け作業」を実施。しかし官僚と “一本化調整された“ 業界団体によって作られた岩盤規制を見直すことはできませんでした。
その後の野党第一党は行政改革路線を諦めスキャンダル批判に傾倒し求心力を喪失。このように政治家によるトップダウンでの規制見直しには限界があるため、現場当事者などを巻き込んだボトムアップで既得権益に対抗する規制見直し手法が成熟社会には必要です。
もし「仕分け作業」があと数年遅く実施され、英・豪・加で実施された「定型的な規制影響評価」「2対1ルールによる持続的な規制見直し」の知見があったならば、我々に大きな遺産が残されていたでしょう。
参議院選挙で維新・国民民主・N党ら「2対1ルール」を公約に掲げた政党が増加したのは、行政改革・規制見直しを求める声があることを示しています。これらを踏まえて与野党を超えた、オープンで透明性の高い規制見直し・2対1ルールの導入が議論されていくことを願っています。
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(参考文献)
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