娘婿を「種馬扱い」…ミツカン会長夫妻、父子引き離し事件訴訟で法廷尋問へ

【前編】「ミツカン父子引き離し事件」訴訟、注目の尋問傍聴記
ノンフィクション作家/フリーライター
  • 「ミツカン父子引き離し事件」民事訴訟のリポート
  • 創業家の娘婿だった原告はどのように妻子と引き裂かれたのか
  • 原告を「種馬」呼ばわりの会長夫妻。反対尋問で追及するのは…

8月9日、東京地裁で「ミツカン父子引き離し事件」の尋問手続が行われた。傍聴を希望する者が東京地裁に多数詰めかけ、本裁判ではじめての抽選が行われた。52人の傍聴席(東京地裁・706号法廷)は、満席となった。

午前10時に開廷。昼の休憩を約1時間弱挟み、閉廷したのは午後5時40分という長丁場だった。被告側はミツカン創業家である中埜家から和英会長、美和副会長、その次女の聖子副社長、そして原告の中埜大輔氏の合計4人が出廷し、弁護士や裁判官とのやりとり(主尋問、反対尋問、補充尋問)を繰り広げた。

※画像は法廷イメージ(whim_dachs /iStock)

生後4日後の異変…事件の経緯

尋問について記す前に、まずは、これまでの原告の主張における本件の経緯の概要を紹介しておきたい。

世界的に有名な投資銀行のプライベートバンカーとして香港で活躍していた大輔氏。ミツカンの跡継ぎである次女の聖子氏と2012年にお見合いし、約1年の交際を経て婚約する。翌13年、大輔氏はミツカンに入社し、聖子氏と結婚、姓を中埜に変えた。大輔氏は中埜家に入った婿として全国各地のミツカンの工場や得意先をまわることになった。

その後、聖子氏は妊娠。翌年の14年3月にお腹の赤ちゃんが男児と判明すると、大輔氏と聖子氏はイギリス勤務を命じられる。これは中埜家による海外を使った租税回避スキームの一環であった。それから数か月後、まもなく渡英という時期に、大輔氏は和英会長に呼び出される。

「イギリスで1年間の育休を取って、その間に仕事を探して来ること」。

それからまもなくの6月、夫婦はイギリスに移住、8月末に中埜家にとって待望の男児が誕生した。すると生後4日後、和英・美和夫妻が渡英して産後ケア施設で静養中の聖子氏と付き添っていた大輔氏の前に現れ、突然、日本から持ってきた「養子縁組届出書」を差し出してサインを迫った。

まだ名前も決まっていない大輔・聖子氏の息子を、その祖父母である和英氏・美和氏の養子にすることを夫妻に強要したのである。このとき、2人は強いショックを受けた。署名に躊躇したことに激怒した和英氏は大輔氏を怒鳴り、聖子氏は「(命令に従わなければ)別れるのが絶対条件」と美和氏から脅された。

育児休暇を命じられていた大輔氏は息子の育児に集中した。和英・美和氏によって家族を破壊される前に父子の絆を深めようと考えたのだ。”育児ノート”を作成して息子の様子を毎日記録に残したり、お風呂に毎日入れたりと、可能な限り息子に愛情を注いだ。それを大輔氏は「父子引き離し」が強行されるまでの1年あまり続けたのである。

その後も、美和氏から聖子氏が「離婚は絶対」と厳命されたり、12月に大輔氏が一時帰国した際には和英氏から「ロンドンの家にお前がいることはもう絶対に許さない」と苛烈な罵声を浴びせられたりした。

初期の家族写真。左から原告の中埜大輔氏と元妻の聖子氏、被告の美和、和英夫妻(提供写真)

原告を「種馬」呼ばわり

さらに14年12月19日、ロンドンの自宅に和英・美和氏とその部下の常務らがやって来て、大輔氏を除外した部屋で密談、次のように発言する。

「(大輔を)片道切符で配送センターか工場に(飛ばせ)」と和英氏。さらに「養子縁組の書類を使って大輔から親権を奪えば、追い出しを有利に進められる。(だから)提出してこい」と、部下に命じると、「(大輔は)棚ぼたで美味しい思いをしていたのがまた急になくなる」「(大輔は)種馬(たねうま)、子どもさえ産めば仕事は終わり。あれはミツカンから追い出すべき。家からも追い出すべき」などと言い放った。

息子の生後すぐに養子縁組の署名を強要され、その後も理不尽な扱いを受け続けていた大輔氏は、家族を守るためにその密談を録音。後年、週刊誌やテレビでも生々しい様子が報じられ注目を集めることになる。

そして15年10月には、危惧した通り、大輔氏は大阪の関西物流センターへの異動が命じられ、11月に1人でイギリスを去らなければならず、聖子氏、息子と引き離されてしまう。大輔・聖子氏は、和英・美和氏から離婚を強要されながらも、実は偽装別居をしてまで隠れて家族の交流を続けていた。しかし、この異動命令によっていよいよ家族の絆が破壊されてしまう。

翌16年4月、聖子氏が調停を起こす。その裏で聖子氏は大輔氏に「(両親から制裁を受けるから)裁判所に対して偽装別居の話は絶対言わないで」と懇願していた。妻の願いを忠実に守るために重要な事実を言えない大輔氏は、調停の後に起こされた離婚訴訟でどんどん不利な立場に追い込まれ、とうとう離婚訴訟に敗訴し離婚が決定してしまう。

ただ、この間の出来事についてリーク情報を受け取った「週刊文春」から取材の依頼を受けた大輔氏は対応し、2019年5月末にその記事が掲載された。するとミツカンは同年8月、告発報道の取材に応じた大輔氏を即時解雇した。以降、息子とは会うどころか一切の連絡を絶たれたのである。

今年1月、第1回の口頭弁論を終えて記者会見する中埜大輔さん(撮影:牧野佐千子)

全てを失った大輔氏は、和英氏・美和氏、ミツカンと全面対決を決意。この日、和英氏・美和氏を法廷で尋問するという裁判でも最大のハイライトシーンを迎えた。

和英氏らを反対尋問で追及したのは、大輔氏の代理人、河合弘之弁護士。ダグラス・グラマン事件、平和相互銀行事件、イトマン事件など、昭和後期から平成にかけ数々の大型経済事件を手がけた辣腕弁護士として知られる。最近では、東電の株主代表訴訟で株主側弁護団の副団長を務め、東電の旧経営陣に対し、日本の裁判史上、最高額となる約13兆円の損害賠償を命じる判決を勝ち取って、新たな伝説を刻んだばかりだ。

筆者は“レジェンド弁護士”の鬼気迫る尋問に、傍聴席から固唾を呑んで見守った。

後編へ続く

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