推進の日経、朝日vs.慎重の読売「デジタル教科書」社説、読み比べ
「改憲」論議並みの温度差?- 文科省の「デジタル教科書」有識者会議が報告書。新聞各紙の社説に温度差
- 日経と朝日は「推進」の論調だが、読売は「早急に進めるのは危険」と慎重
- 有識者「21世紀を生きていくための能力」は何か?建設的な議論が望ましい
文部科学省の有識者会議が5月下旬、デジタル教科書のあり方について報告書をまとめた。これを受け、日本経済新聞と読売新聞が相次いで社説を掲載したが、3月の中間報告の段階で社説を載せた朝日新聞を含めると、デジタル教科書に対する新聞社間の温度差がまるで憲法改正問題のように、くっきりと出ている。
日経「教科書検定制度 見直し」
日経は1日、「デジタル時代の教科書とは」と題した社説を掲載。現在の制度では紙の教科書と異なり、デジタル教科書は無償でないため、自治体の財政事情により格差が生じる恐れなど、「解決すべき課題は山積する」とした一方で、
将来、デジタル教科書を無償化しても定義を変更しなければ、動画などの教材は有償のままだ。自動採点が可能なドリル教材で習熟度を測り指導に役立てるなど、両者の一体的な活用が望ましい。そのためには現在の教科書検定制度を見直す必要がある。
などと、基本的には推進する論調。有識者会議が「教育のデジタル化は、外国人や障害のある子どもの支援にも有効」と指摘したことも紹介した。
読売「早急に進めるのは危険」
一方、日経の推進論と対照的なのが、読売だ。日経より2日先駆けて「デジタル教科書 学習効果と課題を見極めたい」と題する社説を掲載。
昨年の議論開始当初は、菅首相が「デジタル化」を改革の柱に掲げたこともあって、積極活用へと傾いたが、検証を重ねて慎重に進める姿勢に転じたことは評価できる。
などと、教科書デジタル化のスピード感が落ちたことを前向きにとらえ、文科省が学校現場に募った意見のうち「学力が伸びたというデータがない限り、早急に進めるのは危険だ」といった否定的な内容のみを紹介。
デジタルは動画や音声なども活用できるという長所がある。教科書会社には、こうした機能を使って、紙の教科書を補完する教材の開発を進めてもらいたい。
とそれなりに効果を認めながらも、
紙の廃止を推奨していると誤解されないよう、文科省は正しいメッセージの発信に努める必要がある。
デジタル化ありきではなく、山積する課題に一つ一つ丁寧に向き合うことが重要だ。
などと全体的なトーンとしてはデジタル教科書の導入に後ろ向きな姿勢をうかがわせた。
他方、朝日新聞は3日の朝刊までに、今回の報告書を受けたかたちの社説は掲載していないが、3月に有識者会議が中間報告をまとめた段階で、「デジタル教科書 導入に向け環境整えよ」とタイトルどおり推進する社説を掲載している。「デジタル教科書は、学習効果を高め、子どもの成長を促す手段のひとつであって、導入それ自体が目的ではない」と釘を刺すあたりは、読売と共通する部分もあるが、読売社説ほどネガティブな論調ではなく、コロナ禍の一斉休校で小中学生に端末を配ったことなどから、
デジタル機材の特長を生かした教育の実践は時代の流れであり、国は前向きに取り組んでほしい。
と、基本的には前向きだった。
これからの時代に必要な教育とは?
IT政策が専門で、デジタル教科書の問題に詳しい山田肇・東洋大学名誉教授に、3紙の社説について評価してもらった。
まず山田氏は「日経は前向きで、現行の教科書制度(国による検定や無償配布)を変更する必要性を適切に指摘している。制度改革なしにデジタル教科書を導入できないのは確か。朝日も少々古いが、日経と同等の内容」と評価した。
一方、読売については、社説の中で「最近は、記憶や理解にはデジタルより紙の方が優れているという研究結果が国内外で発表されている。紙の教科書を基本とし、デジタルは副教材として併用しながら双方の利点を生かすべきだ」と主張したことに、山田氏は「報告書の読み間違いではないか」と疑問視する。実際、報告書では紙とデジタルの組み合わせについて数パターンが示されているが、そこではデジタルが「主」または、デジタルと紙の「併用」は例示されているものの、読売が述べるように紙を「主」、デジタルを「従」とするパターンは記載されていなかった。
そもそもの問題として、山田氏は、「これからの時代の初等中等教育では、子どもたちに何を教育するのだろうか」と指摘。スマホのアプリがあれば、読み書き計算ができてしまう時代で、「今までと同様の教育を施して『読み書きそろばん』力を備えさせても役には立たない」(山田氏)。国籍や性別、障害の有無などを乗り越え、さまざまな人たちと対話し、物事を進めていくことが「21世紀を生きていくための能力」という。その上で、山田氏は「読売は『21世紀を生きていくための能力』について、紙のほうが優れているという研究結果が出ているとでもいうのだろうか」と疑問を投げかける。
萩生田文科相は朝日新聞のインタビューに「発達の段階や教科ごとの特性を踏まえつつ、紙、デジタルのそれぞれの教科書をどの学習場面でどのように使用することが効果的か、さらに検証を積み重ねていくことが重要だ」と、見極めの必要性を指摘している。文科省の調査では韓国では2015年にデジタル教科書が解禁され、2018年の時点でデジタル教科書使用率は小学校で80.4%、中学校で69.8%に到達、コロナ禍のオンライン化でさらに進んだとみられる。オーストラリアでは教科書ではなく教材としての位置付けながら、2016年の時点で、6割を超える学校が、オンライン教材と印刷教材を日常的に併用しているといい、 州政府や教育省が開発したデジタル教材は無償で使うことができる。
子どもたちが培うべき「21世紀を生きていくための能力」や、日本よりデジタル化が進む諸外国の動きなども睨みながら、メディアもデジタル教科書の議論を建設的に進めていくことが望まれる。
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