自衛隊が宗教を避けてきたからこそ、隊員を脅かす「洗脳リスク」
【後編】オウム事件の数年後に起きた任務拒否事件- 自衛隊員が密かに直面する「宗教問題」を問う連載後編
- かつて演習参加拒否事件の契機となった宗教団体は後年、警察が捜査に
- 命懸けで任務を遂行する自衛官にとり死生観は重要のはずだが…
いまから20年ほど前、航空自衛隊で数名の幹部自衛官を含む隊員が、自らが入信する宗教団体の「冨士大石寺顕正会(宗教法人:顕正会)」の重要な総会への出席を優先し、年1回実施される総合演習に参加を拒否(年次休暇を申請)した問題は前回述べたとおりだ。
顕正会を巡っては、創価学会※との間で暴力事件を起こすなどのトラブルが表面化。オウム真理教の事件の記憶が生々しく残る時期に、隊員の信者獲得に動いていたことに自衛隊が神経を尖らせ始めた矢先、警察組織が動き始めた。
ついに警察が動いた
この団体の特異性は、組織の排他的態勢にあった。この当時、信者以外が建物や敷地内に入ることを一切許さず、特に会合などで信者が集まる際には、
安倍元総理を殺害した犯人は、最初は「旧統一教会」のトップを狙ったが、イベントの会場にさえ入れず、断念したという。人を正しい道に導くために、自らが信じる教祖の教えを広く伝えるのが目的であるはずの宗教団体が、なにゆえにここまで閉鎖的で厳重な警備態勢をとる必要があるのだろう。
そもそも、自衛隊において宗教活動に制限がないのは、「宗教自体はオープンで無害なものであり、治安を脅かすような危険性はない」という前提に基づいていると考えられる。しかし、オウム真理教の事件で、この前提は見事に崩壊した。宗教法人の看板を掲げる組織と言えども、国家の治安に影響を及ぼす蓋然性はあるのだ。
自衛隊が「顕正会」という宗教団体に関して健全性を疑っていたのと同様に、警察組織もこの団体に関しては、かねてから警戒を強めていたものと見られる。そして、数年後にはこれが顕在化した。
2005年には神奈川県警が、2013年及び2015年には警視庁が、強引な勧誘に関して、「暴力行為」や「監禁」、「未成年者誘拐」等の容疑で顕正会の信者を逮捕した。この際、神奈川県警は「警備部」、警視庁は「公安部」といった公安組織が本件の容疑者逮捕に関わっていることから、警察は同団体に関してすでに「要注意団体」として監視していたものと推察される。
これらの事件以降は、特にこのような事例を耳にすることもなくなったので、この団体も過激な勧誘などしないよう信者を戒めるようになったのかも知れない。
“宗教忌避”がもたらす反動
誤解されないようにして頂きたいが、筆者は、「死」や様々な「苦しみ」や「悲しみ」といった人生の宿命から逃れることのできない人間にとって、宗教は必要なものであり、とても大切なものだと考えている。特に、事に臨んでは命を懸けて任務を遂行する自衛官にとって、宗教や哲学に基づく個人の死生観は必要だと思っている。
筆者も阪神・淡路大震災や、東日本大震災などの大惨事で任務に従事した際に、宗教の必要性を痛切に感じたものである。
しかし、現実的に自衛隊は、どちらかというと宗教を避けているように感じられる。これは、あくまで精神的中立性を重んじるがゆえの反動ではないだろうか。
諸外国の例で言えば、米軍や英軍などキリスト教国家の軍隊には基地の中に教会があり、いつでも自由に礼拝できるほか、日曜日や祝日などには神父や牧師さんによるメッセージ(説教)も行われている。イスラム教国家の軍隊でも同様に、宗教に関わる施設があったり、「祈りの時間」などが定められたりしている。
筆者が航空自衛隊の幹部候補生学校に入校した当時は、カリキュラムの中に3日間比叡山に籠って座禅などの修行をし、僧侶から説法を受けるというという体験学習があった。しかし、後年になって別の宗教(宗派?)に入信している候補生からクレームがついてこの学習は無くなったらしい。
今やわが国を取り巻く情勢は、予断を許さない。ウクライナの悲劇は決して他人事ではない。自衛隊も、隊員らにいざという時のための心構えを養わせるためにも、隊員が(様々な)宗教に触れ合うような場を積極的に設けてもいいのではないだろうか。神仏を信じることに抵抗がある隊員には哲学を学ばせるのも良いと思う。
そのような、いわゆる道徳教育とは異なる、幅広な形而上的教育こそが、いざという時の個人の「心構え」と、いたずらに「怪しげな宗教を名乗る組織に対する免疫」を強化するための有効な施策であると筆者は考えているのだが。
■
【※ 訂正】初出の記事で冒頭、顕正会を巡る記述で「分派した創価学会」とありましたが、「分派した」は事実と異なりますので削除します。
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