幸運が不運に変わる時……中国は「弱み」の出現に対処できるか?日本が学ぶべきは?

孫子もクラウゼヴィッツも指摘していた問題
地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員
  • 改革開放、人口ボーナス…中国が国力を増した「幸運」が「不幸」に変わる時
  • 「強みが弱みに変わる」は古今東西共通。あの二大戦略家はどう指摘していたのか
  • 日本も変化や限界点を認識しているか?リーダーが留意すべき3つのポイント
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前回、このコラムで「中国はピークアウトしたからこそ危険になる」という主張を展開する『危険地帯:来る中国との紛争』(Danger Zone: The Coming Conflict With China)を紹介した記事はこちら。今回は同書の「中国の国力について」の記述を取り上げたい。

すでにご紹介した通り、この『危険地帯』の著者たちは、ジョン・ホプキンズ大学の戦略論を専門とする若手教授ハル・ブランズ(Hal Brands)と、タフツ大学准教授で中国政治の専門家であるマイケル・ベックレー(Michael Beckley)である。

bjdlzx /iStock

中国強大化「5つの幸運」

彼らは本書第二章の前半で、中国が国力を増すことができた「奇跡的な幸運」な理由として、以下の5点を挙げている。

  1. 60年代にソ連との関係悪化が悪化し、アメリカに接近できた(地政学的環境が良好)
  2. 改革開放路線に転換することによって、海外からの投資資金を大量に呼び込めた
  3. 共産党が「スマートな独裁」で経済成長を促した
  4. 人口増加のボーナスがあった
  5. 天然資源やエネルギーに恵まれていた

この5点はとりわけ鋭い指摘というわけではないのだが、本書が興味深いのは、それと対比する形でこのような「幸運」が「問題」に変わってきたとする点だ。

幸運も裏目に出れば不運になる

同章の後半では、上の5点の「幸運」に対比させる形で、以下のような指摘をしている(ただし紹介の順番は私が入れ替えた)。

  1. 周囲に反発する国が増えて、地政学的環境が悪化した
  2. 制度の不透明・腐敗が目立ってきた
  3. 経済成長が鈍化しつつある
  4. 人口ボーナスが一人っ子政策によって破綻し、人口減少が始まった
  5. 国力増加で国民の生活水準も上がったために、天然資源やエネルギーが不足してきた

つまりこの二人の著者が言いたいのは、これまでの中国が国力を上げる際の強みとなっていた1から5で指摘されていた「幸運」が、ことごとく裏目に出て「不運」になってきた、つまり強みが弱みに変わってきたということだ。

二大戦略家が指摘していた問題

この「強みが弱みに変わる」という問題は、世間一般的にはあまり注目されることはない。だが、古来から戦略家と呼ばれる人々は実に真剣に取り組んできた問題だ。

戦略論の古典といえば、なんといっても古代中国の孫武が書いたとされる『孫子兵法』と、プロイセン王国の軍人であるカール・フォン・クラウゼヴィッツが記した『戦争論』が有名である。

孫子(左)とクラウゼヴィッツ

この二大戦略家たちは、戦争という文脈で「強みが弱みに変化する」という現実を何度も指摘している。

まず古代中国の軍師であった孫子は『兵法』の「勢篇」などで「正奇」のような2つの対立する概念を使いながら解説しているように、戦闘の形態はとめどなく変化するものであることを認識している。

『戦争論』のクラウゼヴィッツは自身も参加した1812年のナポレオンのロシア戦役を参考に、兵站が伸び切ってしまうとどこかの時点で攻撃する側の戦力が落ちる、ということを指摘している。この「時点」のことを「攻撃の限界点」と名付けたわけだが、これも戦いの力学である強みが弱みに変わる現象を捉えたものだ。

この「攻撃の限界点」を知っていると、最近のウクライナ軍の北東部における急速な侵攻についても見え方が変わってくる。何人かの軍事専門家が指摘しているように、あまりにウクライナの侵攻が進んでしまうと、逆に伸び切った兵站線を叩かれることにもなりかねない。一時的な成功という強みも、弱みに変わってしまうことを心配しているのだ。

画一的なシステムの功罪

国家戦略(または大戦略)のレベルでは、イギリス出身のポール・ケネディというイエール大学の歴史学者が、80年代後半に世界的大ベストセラーとなった『大国の興亡』(草思社)の中で「帝国的な過剰拡大」(Imperial Overstreach)という概念を有名にした。本書で「アメリカが海外に兵力を海外に広げたまでは良かったが、広げすぎたことにより守る義務が負担になりつつある」という「強みが弱み」になったことを指摘して話題になった。

日本の教育の話にも似たような傾向が見える。日本は戦後の高度成長期に画一的な学校教育をほどこすことによって、工業化した製造業を中心とする産業形態に適した、真面目で行儀の良い人材を大量に排出する教育システムを確立できたのかもしれない。

ところが現在の情報化社会においては、行儀の悪さやぶっ飛んだ発想から生まれる創造性が求められる。こうした時代には、画一的な人材しか育成できないシステムは逆に「弱み」にもなる可能性も指摘されている。

つまりここでも「強み」が「弱み」に変化するという可能性がみられる。

Mlenny/iStock

日本は「変化」や「限界点」を認識できているか

ではこのような問題を克服するにはどう対処すればいいのか。実に平凡な結論だが、国家を含めたあらゆるリーダーたちは、次の3点に留意し、対処するという作業を繰り返すしかない。

  1. 常に変化する現実をまず認識する
  2. 強みが弱みに変わる限界点を見極める
  3. 戦略を変更する

これは俗に「OODAループを回す」という意味で解釈されている。もちろんこれは戦術レベルで使われる概念ではあるが、国家戦略においても同様であることは言うまでもない。

すでに手遅れかもしれないが、当の中国は、人口ボーナスが強みから弱みに変わった人口問題を解消するために、「離婚」を厳しくする措置をとっている。そのため2018年には中国の裁判所に持ち込まれた事案のうち、わずか38%しか離婚が認められておらず、その割合は過去最低となったという。2021年には離婚にクーリングオフ、つまり冷却期間を設けたほどだ。

もちろんこれによって本当に人口が劇的に増えるのかは相当疑問であるし、人権状況が日本と比べて厳しい中国の施策は全く参考にならない。だが、少なくとも彼らは問題を認識して行動に移してはいる。日本はどうするのだろうか。

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