「軍事より対話」「中韓を相手せず」…感情論だけでは国益は守れない
松川るい「本音で語るリアリズム外交」#1【編集部より】ロシアのウクライナ侵攻、そして緊迫を増すばかりの台湾情勢…2022年、日本を取り巻く外交・安全保障情勢は大きく変わりました。私たち国民もこれからの時代を占う上で、情勢を正しく認識する必要がある一方で、メディアを通じて語られる外交・防衛論は必ずしも実情を踏まえてない場合も少なくありません。
外務省時代には情勢分析も担当。国会議員になった現在も、現場視点での外交論を発信する論客として注目される、自民党・松川るい参議院議員に本音の「外交リアリズム論」を語っていただきました。(3回シリーズの1回目)

外務省のイメージにギャップが
――松川先生は外務省ご出身で、新著『挑戦する力』(飛鳥新社)でも官僚時代のお話に触れられていました。外務省は、近年は別として中国や韓国に対する「謝罪外交」のイメージがあったので、松川先生が日本の立場をしっかり主張されていることが、うれしくもあり、意外でもあったのですが。
【松川】外務省が世間からそういうイメージを持たれていた、ということ自体、全く知りませんでした(笑)。外務省内もそういうムードは全くなく、特に自分の世代の職員たちは、「歴史問題での日本を貶める不当な主張を糺していかねば」という考えが強く、私自身も、「日本のために、愛国心をもって精いっぱいやってきた!」という自負がありました。だから「そうか、外務省はそんな風に思われているのか」と意外でもあり、ショックでもありました。
私が外務省に入省したのは1993年ですが、確かにそれ以前は、日本の政治自体が中韓に特別な配慮していた時代がありました。中国との関係で言えば、日本は、日中戦争において多大な被害を中国に及ぼしたので、贖罪の気持ちがありましたし、また、日中国交正常化の際に中国側が賠償金を放棄したこともあり、巨額のODAを中国に対して長らく供与してきました。中国は日本のODAの最大の受益国であり、中国の発展につながったと思います。同じく、韓国についても1965年の国交正常化以来、多額の経済協力・技術協力をしてきましたが、日本との経済格差が10倍以上もありましたから、贖罪意識に加え、「持てる我々が、持たざる中韓を助けるのが当たり前だ」という意識もあったでしょう。
その後、中国、韓国も目覚ましい経済発展を遂げ、ナショナリズムが高まる中、反日の歴史攻撃を強めてきました。これを背景に日本の政治の意識も変わりました。外務省が変わったとすれば、それは政治の変化を反映したものであっただろうと思います。政治は外交方針に大きな影響を与えますから。
「ナイストーク」だけで外交はできない
――よく「外交か、軍事か」と二項対立で語られるように、省庁間にもそうした溝があるんだろうと思っていたので、松川先生が防衛政務官になられたのも個人的にはエポックメイキングな出来事でした。
【松川】外交と防衛がお互いに反目して背を向け合っている、というような感覚は、私が外務省に入省して以来、感じたことはありません。私が入省する直前のことですが、PKO法、これは1990年の湾岸戦争の勃発を受けて、自衛隊を海外に派遣し国際貢献をするための法整備が必要になったものですが、一度、継続審議になってしまった時に、私の先輩方は本当に心から落胆していました。安全保障面で貢献ができないことは外交力を大きく制約するのです。
まさに「外交と防衛(軍事)は車の両輪」であり、助け合っている関係ですし、私が防衛政務官に就いた時も、まったく違和感はありませんでした。むしろ、今は、外交と防衛の担当者が一緒に海外のカウンターパートと会談する2+2の場面も多くなっています。

――「外交か、防衛(軍事)か」という問いの立て方がそもそもおかしい、ということですね。
【松川】そのとおりです。でも繰り返しになってしまいますが、「外交と防衛は車の両輪」なのです。両方なければ上手くいかないしお互い補完しあい相乗効果を高めあう関係でもあります。
外交は、ざっくりいえば、自国を国際社会の中で有利な立場に置くために国家間の関係を調整する技術です。その時に、国力の最たるものである、防衛力や経済力を背景に相手国と交渉したり、様々な関係を作ります。ですから、軍事力や経済力が強い方が外交もうまく機能するのはおよそ外交の一般原則といってよい。そして、残念ながら、日本は憲法9条の解釈の制約の下、防衛力がいびつに制約された国です。これを正常化していくことが外交力の強化にもつながります。
日本は戦後レジームからまだ脱却できていないので、一部の人は「軍事力=悪」だと思っているのかもしれませんが、防衛力は、自国の平和を守るためにあるのです。
特に、難しい国との間では、相応の軍事力、防衛力を備えたうえで、「日本も刀は持っている」ことは示しつつ、外交の場面ではディプロマティックに(礼儀正しく)協議・交渉をする。それなしに、単に「ナイストーク」だけで交渉ができる相手というのは、仮にいたとしても厳しい利害関係がない国に限られます。
日本の国益は、国民の安全と利益を守り、領土・領海・領空と主権が侵されないようにしたうえで、さらに日本が経済的に発展することです。日本は何を達成したいのか、相手に何をさせなければならないか。安全保障なら「相手に何をさせないか」という話にもなりますが、これを冷静かつ現実的に、総合的に考え、実現できる能力・体制を作ることが必要になります。
それなのに、日本では「防衛費増はいつか来た道、武器より対話」と軍事を否定する人たちがおり、一方には「中韓のような国とは話し合う必要がない」と外交を否定する人たちもいる。こうした感情論ばかりが目立つようになってしまうと、外交と防衛の両輪がうまく回らなくなり、国益を守れなくなってしまいます。
世界に先駆けて中国の脅威を指摘
――まさに「総合的視野」を持つことが大事だと思うのですが、松川先生の自著には戦略家のエドワード・ルトワックさんから「戦略的視点を持っている」と評価されたエピソードもありました。
【松川】2010年の外務省の若手向け勉強会の場でした。当時は民主党政権下だったこともあり、会場から飛んだ質問が日米関係の修復や基地問題などのテクニカルなものに偏ったこともあって、「強大化する中国に、日本はどう相対すべきか」という私の質問が目立ってしまった面もあるのですが(笑)。エド(ルトワック氏)にとっては「いい質問が来た!」と思ったのでしょう。
――2010年でも尖閣沖事件が起きる前は、中国脅威論はまだまだ少なかったように思いますが。
【松川】実際には、外務省では2000年頃から、対中警戒感は確実に高まっていました。2000年初頭、EUが1989年の天安門事件以来の対中武器禁輸を解禁して、中国に武器輸出を行えるようにするという話があったんです。中国が経済的発展をする中で、中国との関係改善をしたい欧州諸国が対中関係の溝となっている対中武器輸出をそろそろやめてもいいのではないかと。
当時の中国はまだ「韜光養晦(とうこうようかい)」路線で、国際社会に対して微笑み外交を展開していましたし、アメリカもブッシュ・ジュニア政権時代で、「中国はレスポンシブル・ステークホルダー(利益を共有する責任ある立場)だ」と言っていました。もちろんアメリカ国内には、「中国に関与して民主化させるか、あるいは封じ込めるべき脅威と見るか」という二つの見方はすでにありました。しかし当時はまだまだ前者が優勢だったのです。
欧米の対中警戒感がその程度だった時代に、日本は既に中国の安全保障上の脅威を喝破し、「中国に武器輸出を認めたら大変なことになる!」と欧米に働きかけていました。その後、中国は、南シナ海を一方的に埋め立てたり、2008年に初めて尖閣諸島沖に中国の公船を侵入させ、日本においても世界においても安全保障上の脅威としての対中認識が上がりました。

「日本が防衛費増で軍拡競争」のウソ
――それからさらに10年以上が経ち、ようやく「中国の脅威」が一般にも浸透してきたように思いますが、それでもまだ「中国を刺激するな」という声があります。こんなに強大になっているのに……と驚いてしまうのですが。
【松川】自分と相手の実態を、数字などでよく見て比較する必要がありますよね。すでに日中間の軍事バランスで言えばはるかに中国が強大になっていて、たとえば第四世代・第五世代の戦闘機を現在、中国は1200機持っていますが、日本で同レベルの戦闘機は在日米軍のものと合わせても500機あるかないか。さらに中国は2025年には2000機に倍増すると言っていますし、それはおそらく実現するでしょう。

日本が防衛費を増やすというと「中国との軍拡競争が起きる」という人がいますが、事実を直視してもらいたい。日本が防衛費1%以下の状況を続けてきた間に、中国は軍事力を何倍増もしてきたのです。日本が中国を刺激した結果、ではありません。そして、今や、中国は日本の5倍の防衛力を持ち、技術的にも米中間で拮抗する状況となりつつあります。
日中は隣国同士であり、日本は中国との平和的安定的関係が必要です。しかし、それを実現するためには、尖閣諸島や台湾に対する有事の発生を抑止する必要があり、そのためには、日本自身の防衛力を抜本的に増強するとともに、日米同盟に加え、戦略的利益を共有する国々とのパートナーシップの力で平和を守っていく覚悟が必要です。日本一国では難しい。
自ら努力しない国を誰も支援しない
――そうすると今度は「中国に対抗するのは無駄だから防衛費を増やしても意味がない」と言い出すんです……。
【松川】日本は中国と対抗しようとしているわけではありません。相手が日本に攻撃することをためらう程度の能力を持つということです。「量」だけで張り合うのは限界があるので、サイバーや宇宙などの非対称な部分で力を備える必要もあります。現在の日本の防衛費はGDP1%満たないレベルで、隣に軍事的圧力を強めているロシア、北朝鮮、中国がいるというのに国家として自国を守るためにすべきことをまだ十分なしていない状況です。そして、アメリカはもちろん、オーストラリア、英国などにも加わってもらう。
「一国では中国に勝てないけれど、連携して束になれば負けない」という状況を、まさに外交と防衛が連携して作り出すことが重要ですが、そのためにも日本自身が最大限の努力をしなければ。自分の国を自分で守るための努力をしない国を支援しようという国は世界に存在しません。
(第2回に続く)
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