JAXAサイバー攻撃事件の背景、中国スパイ作戦「千粒の砂」とは?

「誰もがスパイにされる」現実
ライター・編集者
  • JAXAサイバー攻撃事件への関与を疑われる中国人留学生はなぜ国家に協力?
  • 朝日の報道から留学生は「手足」にされた可能性。「千粒の砂」作戦の典型
  • 「千粒の砂」作戦は国外にいる自国民間人を、諜報活動に巻き込む戦略

「スパイ」と聞けば映画「007」の登場人物や、ハリウッド映画でおなじみの肉体や知性を磨いた人物や、敵の組織に入り込む演技派、サイバースパイであれば機械やプログラムを熟知したトリッキーな人物、をイメージされる方が多いかもしれない。しかしこと中国のスパイに限っては、そうしたイメージとはかけ離れた実態を持つようだ。

sqback/iStock

2021年4月に警視庁公安部に逮捕された中国共産党員の男。日本国内でJAXAや三菱電機、IHI、各大学などへのサイバー攻撃にかかわったとされているが、これに関連して事情聴取を受けたのが、共産党員ではない元留学生の中国人男性だという。経緯は朝日新聞の5日付の報道に詳しいが、人民解放軍に所属する男の妻が指示役となり、共通の友人を介して、主に官公庁が使うセキュリティソフトの購入などを元留学生に指示していたという。ソフトを入手し、脆弱性を把握したうえでさらなるサイバー攻撃を行おうという狙いがあったとみられる。

報道によれば、元留学生は「国家に貢献するように」と言われて従ったようだ。セキュリティソフトは手に入れられなかったが、USBなどを複数回、青島に送った形跡があるという。

「千粒の砂」作戦とは?

朝日新聞はこの元留学生が、捜査の手が人民解放軍や中国当局に及ばないようにするための「手足」として使われたのではないか、との見立てを報じているが、実はこうした手口は中国の常套手段であり、必ずしも純然たる党組織に所属しているわけではない留学生やビジネスマン、時には海外に住む華僑や観光客さえ、当局の「手足」や「耳目」となって動き、協力することを強いられているという。

こうした中国の手法を徹底した取材や文献調査で明らかにしたオーストラリアの学者クライブ・ハミルトンの『目に見えぬ侵略』や『見えない手』と、その2冊の本をコンパクトに解説した『副読本』(いずれも飛鳥新社)に詳しいが、その手法は「千粒の砂」作戦と呼ばれる。

米シンクタンクの国際戦略問題研究所(CSIS)が2000年から2019年初頭にかけて実施した「中国と関連したスパイ事件の報告書」によれば、137件の事件報告のうち、57%が「中国の軍人または政府職員」、36%が「中国の民間人」、7%が「中国以外の実行者(多くはアメリカ人)」だったという。

「中国の民間人」とは、華僑、学生、学者、研究者、ビジネスマンなど多岐にわたる。彼らは「千粒の砂」戦略に組み込まれ、大使館や領事館に積極的に情報を提供することを求められている。活動資金や報酬の提供、帰国した際の便宜などの「アメ」を与える一方で、従わなければ中国国内に残る親族が共産党から目を付けられるという「ムチ」も使いながら、広範囲の情報を収集するための「マイクロスパイ」として民間人が利用されている。

特に狙われるのは大学やシンクタンクなどの研究機関だ。(『副読本』より)

中には訓練を受け、党や組織から直々に任務を言い渡されたであろうスパイもいる一方、本件の留学生のように、中国人であるだけで任務への協力を要請されるものもいる実態が、まさにこの事件で証明された格好だ。

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国家への貢献を拒否できず

留学生が受けた「国家に貢献せよ」という指示は、裏を返せば「要請を断ることは、国家への貢献を拒むことであり、それは裏切りである」と置き換えられ、帰国後の本人の命運はもちろん、中国国内に残る家族や親族の扱いにも影響が出るため、逆らうのは難しい。先の朝日の記事でも、留学生は〈度重なる要求に、「これ以上は無理だ」と拒絶したこともあった〉とあるが、完全に連絡を絶つことはできなかったろう。そもそも中国は国家情報法を制定しており、あらゆる組織・個人への諜報活動への協力を強制してもいる。

また、留学生の場合、留学先の国内での留学生同士の相互監視や、大使館からの行動把握の目にさらされており、「日本にいる以上、中国からの指示を後回しにしてもバレないだろう」といったサボタージュは難しい。

中国によるサイバー攻撃の影響は深刻だ。特に日本の研究機関から窃取した情報は、中国の軍事開発や諸機関の研究、技術発展に利用される。盗まれた情報によって中国がさらに経済成長を遂げて日本を大きく引き離すかもしれない。そうした可能性が近年重要視され、「経済安全保障」という言葉も報道を通じてよく聞かれるようになった。さらには日本由来の技術を発展させた兵器が、日本社会に打撃を与える可能性さえある。

対中防諜においては、「誰がスパイなのか分からない」という以上に「必要があれば誰もがスパイにされ得る」という前提で対処する必要があるだろう。

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