開催か中止か。五輪論争に直言 #1 国論二分で置き去りの観点

私がリオで見た忘れ得ぬ光景
2021年06月11日 06:00
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • 東京五輪・パラリンピックの開催是非で国論が二分。反対派は猛烈な政権非難
  • 「分断する世界に融和や相互理解をもたらす大事な観点が抜け落ちている」と筆者
  • スポーツの持つ力。リオ大会の当時、金メダリストのファベーラ凱旋で見たもの

(編集部より)東京五輪・パラリンピック開催の是非をめぐり、国論が二分しています。新聞記者時代に駐在特派員としてソチ、リオの2大会を取材した佐々木正明さんが、この頃の論争に問いかけたい「大事な視点」とは?

Tom-Kichi/iStock

開催か中止か--。今夏の東京五輪・パラリンピックをめぐり、世論が割れている。大手メディアが行っている全国世論調査では、新型コロナウイルスへの感染拡大への懸念から、半数以上が中止を求めており、「安全・安心な大会」の実現を目指す菅政権の姿勢に猛烈な非難を浴びせている。

「(大会を起点にして)新たなパンデミックが世界を襲う」「利権に目がくらんだ人たちが五輪を強行開催しようとしている」「国の指導者の任務は国民の命を守ることではないのか」--。コロナ禍の収束の先行きが見通せない中で、反対派の主張は舌鋒鋭く、ネット上でも連日、「開催すべき派」の発言を取り上げ、社会的制裁を加えるようなキャンセルカルチャーが展開されている。

中止論は政府のコロナ対策への過失、大会組織委員会幹部の舌禍、国際オリンピック委員会(IOC)の利権体質と一緒に語られて雪だるま式に膨らみ、大会そのものへの嫌悪感が煽られているようにも見える。政権浮揚や経済対策のための「五輪ファースト」。国民の生命の危険にさらしてでも大会を優先するのが菅政権の選択だとし、総選挙が近い政局と結びついて論じられている印象も受ける。

一方で、菅政権やスポーツ界、または「開催すべき派」側からなぜ、パンデミックの時期に大会を開くべきかの意義が積極的に発せられていないようにも感じる。このままでは「世界の変異株の展示会」とまで言う中止派の主張が幅を利かせ、重症者リスクのある人たちの恐怖本能はさらに刺激され、コロナ禍の拡大はすべて五輪パラに起因するとまで言われそうだ。

今だから問うスポーツの意義

五輪開幕日まで50日を切った段階で、ここで少し議論を冷静に考察する意味で、一つの論点を提供したい。念のために前置きするが、私は新聞社勤務時代の取材経験から、硬直化したIOCの組織の問題の深刻さも認識しているつもりだし、一人暮らしの後期高齢者の親を抱え、コロナ禍での不安も自分自身の個人的な問題としても捉えている。

国民を二分するこの議論は、五輪やパラリンピックはそもそも世界平和を促進するための祭典であり、分断する世界に融和や相互理解をもたらすという大事な観点が抜け落ちたまま語られてはいないだろうか。

これまでの取材を通じての大会の目撃者として強調したいのは、スポーツの持つ力がいかに尊く、いかに波及効果があり、いかに意義深いものなのかということだ。五輪のモットーである「より速く、より高く、より強く」を目指すアスリートの純粋な闘いは、差別や貧困に苦しむ人々や、未来を担う子供たちに希望の光を与える。自己のすべてを厳しい練習に捧げ、競技に臨む姿は多くの人々の心を震わせる。

それこそが、近代オリンピックが120年以上も継続されてきた理由の一つであり、障がいのハンデキャップを背負うアスリートが集うパラリンピックが同時開催となってからは、多様性と調和を尊重する社会を築くための祭典という要素も加わった。

ファベーラの救世主

忘れ得ぬ光景がある。

2016年リオデジャネイロ五輪。柔道女子57キロで地元ブラジル代表のラファエラ・シルバが金メダルを獲得した。大会会場に近いリオのファベーラ(貧民街)出身で、彼女が生まれ育った、バラック小屋立ち並ぶ街は、2002年に制作された映画「シティ・オブ・ゴッド」の舞台にもなった。リオ五輪開催当時、ブラジル経済はどん底に陥り、ファベーラの子供たちは組織の一員となって次々に犯罪に手を染めた。警察との銃撃戦で、10代で命を落とす者も少なくなかった。

シルバが優勝した時、ブラジル国中が歓喜に沸いた。メディアは彼女の特集を次々に組み、新たなヒロインはブラジルの顔になった。シルバには日本人の代表コーチである藤井裕子さん(現・ブラジル男子代表監督)がついており、礼節を重んじ、柔らの道を広めた日本という国も改めて脚光を浴びた。

ブラジルのファベーラを走る子ども(※画像はイメージです。tunart/iStock)

翌日、シルバはファベーラで凱旋パレードをした。シルバは国旗をもって、消防車の屋根に乗り、金メダルを見せた。子供たちははしゃぎまわって踊り、若き柔道家はわが事のようにシルバの偉業を誇り、母親たちは大粒の涙を流して、彼女を称えた。

ある母親は顔をくしゃくしゃにしながら、こう語った。

「誰もがシルバを模範とすべきなのよ。シルバはファベーラの境遇に苦しみ、闘ってきた。彼女は多くの子供たちを正しい方向へと導いてくれる」

銃と暴力と麻薬が支配する町が笑顔で包まれた。シルバの金メダルは、これまで行政やNPOなどがどんな対策をしても更生が行き渡らなかったファベーラに救いをもたらした。彼女はまさに救世主だったのだ。

そして、もうひとつ。私は五輪よりもパラリンピックの取材で涙腺が緩んだ回数が多かったように思う。

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ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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