開催か中止か。五輪論争に直言 #2 バッハ、コーツが決して軸を曲げない背景

パンデミックからのレガシーとは?
2021年06月12日 06:00
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • スポーツの力とは何か。リオ・パラリンピックで目撃した感動的な光景
  • 五輪パラは平和を呼びかける祭典。パラには傷痍軍人アスリートも参加
  • IOCの改革は必要。開催、中止どちらにせよ百年後に残すレガシーとは

『#1 国論二分で置き去りの観点』はこちら

逆境に苦しむ人たちに勇気

私は五輪よりもパラリンピックの取材で涙腺が緩んだ回数が多かったように思う。

イタリアの車いすフェンシング代表、ベアトリーチェ・ヴィオ。イタリアでベベの愛称で親しまれる彼女は11歳の2008年、重い髄膜炎を患い、生きるために両手両足を切断した。絶望の淵に追いやった彼女を不死鳥のごとくよみがえらせたのは、5歳の時に始めたフェンシングだった。

団体戦3位を決め、絶叫するベアトリーチェ・ヴィオ(写真:ロイター/アフロ)

車いすに乗り、利き腕の左に義手の剣をはめて練習を積み重ねた彼女は、15年に輝いた世界女王の称号を引っ提げて、16年のリオ・パラリンピックにやってきた。個人戦は圧倒的な強さで金メダル。圧巻はイタリア代表として戦った団体戦だった。

3位決定戦の最後のマッチ。香港の選手を相手に勝利した瞬間、ベベは会場全体に響き渡るように咆哮した。まるで、大地から熱いマグマが噴き出すように。または、フルオーケストラが一斉に音を奏でるように、勝利のカンタータを独唱した。

床に固定された車いすがガタガタと音を立てた。ベベは勢いよくマスクを投げ捨て、ショートカットの顔を紅潮させて、天に向かって叫んだ。言葉になっていないが、私はここにいる、私は今、生きている―と雄たけびをあげているようだった。頬に熱い涙が伝い、顔をくしゃくしゃにして喜ぶ姿は、見ている者全てを虜にした。

個人の金メダルより、団体戦の銅メダルの方が重みがあるとベベは言った。

「だって、みんなが幸せになれるから。チームとして勝ったことが本当に嬉しい」

ベベは世界中の逆境に苦しむ人たちに勇気を与えたのだ。

私のメッセージは、やろうと思えば何でもできるということ。本当の目標をもって進めば、はじめは夢でも到達できる

新型コロナのパンデミックは社会の弱い部分に刃を向けた。世界中の障がい者がコロナ禍で苦しんでいる。パラリンピアンは皆、大会への参加を自分のためでなく、同じ苦境にいる人々に明日への希望と活力をもたらそうとしている。

祭典で救われる命がある

ベベは東京パラリンピックも目指している。今年5月、自身のインスタグラムで「パラリンピックまで99日」と題して、ウエイトトレーニングに励む姿を公開した。「我々は本当にベストを尽くさなくてはいけない」。大会の中止は、コロナ禍でも積み上げてきた、彼女らの血のにじむような努力と、選手にかけてきた障がい者たちの希望も打ち砕くのだ。

誤解を恐れずに言えば、中止論者には誰よりも平和な世界を希求してきた者が多いように思う。世界各国の戦闘で犠牲になった無辜の民の命に心を痛め、兵器をなくそうと世にメッセージを出し、武力にすがる統治者の行動を諫めてきた方々だ。

五輪パラは平和を呼びかけるための祭典だ。期間中には中東、アフリカなどで果てのない戦闘を繰り広げる勢力に、一時休戦が促される。束の間かもしれないが、それだけでも、多くの命が救われる。

パラリンピックには戦地で地雷を踏み、手足や視力を失った傷痍軍人アスリートも多数参加する。そもそも、パラリンピックの前身大会が第二次世界大戦の傷痍軍人のための競技大会であった。彼らは大会に参加することで、戦争のない世界の実現を訴えようとしている。

1920年、第一次世界大戦とスペイン風邪の傷跡癒えぬまま、ベルギー・アントワープで五輪が開かれた。第一次世界大戦に衛生兵として従軍した英国のフィリップ・ノエル=ベーカー卿は陸上男子1500メートルに参加し、銀メダルを獲得した。その後、ノエル=ベーカー卿は一貫して平和軍縮運動に携わり、1959年にノーベル平和賞を受賞した。

imagedepotpro/iStock

100年後の日本人に何を伝えるか

IOCのトーマス・バッハ会長や、ジョン・コーツ調整委員長はそうした五輪やパラリンピックにまつわる先人たちのDNAを引き継いでいる。確かに、巨額のマネーを動かすIOCの利権構造や、膨張し続ける運営予算など、大会そのものに大きな欠陥を抱え、改革を余儀なくされているのは事実だ。しかし、バッハ氏やコーツ氏がどんなに非難されても決して軸を曲げないのは、大会を通じて世界中に波及するスポーツの力を強く信じているからであろう。

このパンデミックの最中に、われわれ日本人が聖火の尊い灯を消すまいと最後まで努力を積み重ね、英知を結集し、徹底的に議論をして開催か中止かの結論を出したことは、レガシーとして今後、何十年も受け継がれていくのはないか。

コロナは命を奪う恐ろしい感染症だ。状況が悪化すれば、中止もやむをえまい。しかし、もし、コロナ感染拡大への徹底した対策を取り、開催されるのなら、五輪とパラリンピックのメッセージはアスリートを通じて世界に伝わり、日本が行う最大の国際貢献になりはしまいか。

スポーツの力、そして、平和を希求する五輪とパラリンピックの力を語ることなしで、中止か、開催かの最終判断ができようか。Youtubeにはリオ・パラの動画が掲載されている。ベベの歓喜のアリアをふまえた上で、議論すべきではないか。

アントワープ五輪から100年たった。私たちがいまアントワープ五輪を振り返るように、2121年のわれわれの子孫は、東京の判断や、その時代を生きた日本人の言葉を再び、歴史の箱から取り出すに違いない。東京五輪パラリンピックは、パンデミックに苦しんだ私たちから100年後に伝えるメッセージでもある。

 

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ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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