“胡椒風味”の遠い春 〜 ツッコミどころ満載だった甲子園のペッパーミル騒動
誰も言わない「日本的」な構造と問題- 甲子園の「ペッパーミル」パフォーマンス禁止騒動を村山氏が考察
- 「お願い」にしてしまった、高野連の公式見解の深刻な問題
- 一連のパフォーマンス論争の背景にある「文化」の構造とは?
久しぶりです。侍ジャパンの余韻の残る中、甲子園で選抜高校野球が開幕、このままの熱気がプロ野球に繋がればいいなと思っていると、大会初日に高校野球連盟がやらかしてしまいました。
エラーで出塁した東北高校の選手が、ガッツポーズをしたあとペッパーミルパーフォーマンスをしたことを、その場で塁審が本人に注意し[参照]、試合終了後はベンチの監督に「これは絶対ダメ、パフォーマンスはダメです」と説教までしたようです[参照]。

胡椒風味の遠い春
ところが、東北高校の監督はこのまま引き下がりませんでした。
「ちょっと違う高校野球のスタイルをやっていかないと。野球を選択する子がいないし、ああいうパフォーマンス、日本中が盛り上がっているパフォーマンスを審判の方から注意される。ぜひ書いてください。私が言っていたでいいです。私に火の粉が飛んできていいので。それは僕は大反対なので。もう少し子どもたちに自由に野球を楽しむということを、もうちょっと考えてもらいたいと思います」とまで反論し[参照]、
さらには「高野連にけんかを売るかもしれないですけど、日本中が盛り上がっているしなんであれが駄目なの。駄目な理由を聞きたい」と教師として当然の質問をしました[参照]。
高野連は、「高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは、従来より慎むようお願いしてきました。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できますが、プレーで楽しんでほしいというのが当連盟の考え方です」 と異例の談話をだしたそうです[参照]。ツッコミどころが満載です。
まず、「高校野球としては」って何ですか、「高校野球連盟としましては」のつもりなんなのでしょうか。「不要なパフォーマンス」……「必要な」パフォーマンスがあるなら見たいものです。ちなみに、試合中の「不要」でない「ジェスチャー」のことを「サイン」と言うのでしょう。また最初の質問は、「なぜ(ペッパーミルパーフォーマンスを)止めるのか」でした。「従来より」では、答えになっていません。
口頭でのインタビューならまだしも、わざわざ高野連の名前で試合後に出した談話なのに、幼稚な表現や論理の破綻に対する批判は、マスメディアでもネット論壇でも皆無でした。背景に、「まあ、高野連のひとだからしょうがないよね」という諦めがあるとしたら、「若いとき野球ばっかりしているとアホになる」にまであと一歩です。
もちろんこれは偏見です。栗山監督やダルビッシュ主将の知的な姿を見ていますと、何事でも大事なのは、自分で考えるという習慣の有無なのだと思います。
同調圧力をあてにした「お願い」
もっと深刻な問題は、本当に高野連の公式見解が「お願い」だとしたことです。問題の塁審は、わざわざ試合中に走者を呼び止めて「お願い」をしたマヌケだということになります。また、ひとに「お願い」をするのに「これは絶対ダメ」などと高圧的な言い方をするのは、教育上よろしくないと思うのですが……つまり塁審の行動と高野連の見解とが矛盾しているのです。
揚げ足を取りではありません。コロナの外出制限は自粛、自転車のヘルメットは努力義務というように同調圧力で動くこの国で、権力側の「お願い」がどういう意味を持つのか高野連の幹部も承知のはずです。

もし、「我が校は、根拠不明の『お願い』より若者らしさを尊重します」などと監督が言ったら、春の甲子園で次に東北高校を見るときには優勝候補になっているでしょう。そうでなければ選抜されそうもありません。あるいは22世紀枠でしょうか。実際、あのあと、ペッパーミルをするチームは見かけなくなくなりました。事実上の強制をしながらその責任はとろうとしないことは、卑怯というものです。
もっとも、あえて「お願い」を無視する選手や監督がいたら、その試合の審判団はたまりません。下手に退場にでもしたら、今後一生、日本中(世界中?)の野球ファンからの冷たい視線を背負ってグランドに立つことになります。こんなことになったら、たぶん高野連は現場審判のやり過ぎということで逃げるでしょう。かなり前ですが、ガッツポーズを理由にホームランを取り消した審判を「やり過ぎ」と切り捨てた理事がいました。
なんだか、日本の野球を盛り上げてくれたヌートバー選手に申し訳ないような展開です。WBCを見て子供に野球をさせることを考えた親たちの2~3割は、「やっぱりサッカー」と思ったのではないでしょうか。
後になって「ペッパーミル自体ではなく、相手エラーでしたのがいけなかったのだ」という議論が関係者から出てきましたが、これは成り立ちません。当の塁審氏も高野連談話でも、そんなことは言っていません。また、相手への侮辱というのなら、元々は「コツコツ行こう」と見方を落ち着かせるためのペッパーミルより、単純に喜びを表す直前のガッツポーズの方がよほど問題でしょう。外野が忖度して卑怯な言い訳を重ねると、当事者の恥を上塗りすることになります。
こうしたパフォーマンス論が難しいのは背景に文化の問題があるからです。たとえば、大相撲で力士が土俵で胡椒を挽き始めたらやっぱり変でしょう。土俵には塩はよくても胡椒は似合いません。だから逆に春巡業のショッキリでは鉄板ネタになりそうです。
大相撲にしろ高校野球にしろ、古くさい美意識など不要だという考え方もわかりますが、一方で、教育としての高校野球が一定の成功を収めていることは、WBCが証明しています。ヌートバー以外の侍ジャパンの選手は全員が高校野球経験者で、技能ばかりでなく、謙虚さや相手へのリスペクトが垣間見える所作でも、多くの海外メディアから評価されました。
お約束の「すごいぞ日本」の過剰報道はあったにせよ、試合後にサポーターや相手チームに一礼してから引き上げる日本式のマナーが、海外からも好意的に見られたことは間違いないでしょう。そして、こうした所作を彼らが身につけたのは、少年野球から教育で、その文化の大本は高校野球です。
野球道文化の誕生
村山家の人間としては、「それを作ったのは我が曾祖父、村山龍平である」と威張りたいところですが、これは残念ながら無理です。ベースボールという新しい競技を日本に紹介するにあたり、球技の中でも相手を欺く部分が多いように見える点が反発を買わないかという懸念がありました。実際1911年には、「野球とその害悪について」などというコラムが、当の朝日新聞に連載されました。「巾着切り(スリ)の遊戯」などと第一高校(東大教養部の前身)校長の新渡戸稲造氏に言われてしまう始末でした[参照]。
ところが、部数拡張の目玉イベントとして(と言われています)、中等学校野球選手権大会(高校野球の前身)を開催するにあたり、朝日が持ち出してきたのが「教育の一環」というスローガンと武道から借用した「礼に始まり礼に終わる」という所作で、はっきり言えば一種の免罪符だったわけです。

このマーケティングは大成功して今に至るのですが、当時の社長「龍平」が羽織袴で始球式をした第1回全国中等学校野球大会は1915年[参照]、「巾着切り」呼ばわりのわずか4年後です。変わり身の早さは朝日脳のお家芸なのかも知れません。
また、いくら元服までした武士だったとはいえ、会社では洋服を着ることも多かった龍平がわざわざ羽織袴で投球したのは「武道としての野球」を意識したものだったのだと思います。その背後にフロックーコート姿で立っている人は、当時の荒木寅三郎京都大学総長でノーベル賞級の医学者でした。
(ちなみに荒木は映画「ちょうんまげプリン」や「オケ老人」の原作者、荒木源の曾祖父です。本題とは関係ありませんが、歴史に埋もれてしまいそうなウェブ上でも見かけない事実なので書きとめておきますね)
野球のルールをほとんど知らないのに、龍平の頼みで審判委員長にさせられ、いい迷惑だったのではないでしょうか。当時の朝日新聞社が、必死に教育界での野球の権威付けを試みていたのがわかります。前述の新渡戸稲造氏のコラムを意識していたのかも知れません。新聞社内での路線闘争があったように思います。
こうした生臭い経緯で誕生した「野球道」文化は、スポーツを「教育の一環」にしたがる日本人の体質に合ったことは確かでした。その弊害は今回の胡椒騒ぎの遠因にもなりましたが、WBCを見ていると悪いことばかりではないようにも改めて思いました。

さて結論です。高野連があくまで旧来の方針で行くつもりなら、「お願い」などと情けないことを言わず、「いろいろな御意見があるのは承知しておりますが、従来通り私ども高校野球連盟は、主催する試合においては競技と関係のない所作は最小限とすることを求め、指導をすることといたします。教育の一環として培われて参りましたひとつの文化として、選手や観客の皆様に楽しんでいただければ幸いです」などと、批判の矢面から逃げずに、謙虚でかつ正しい日本語で談話を出すべきでした。それを怠った最大の被害者は野球そのものです。
新しいことを始めるときだけでなく、古いものを守り続けるときにもまた説明責任があるはずです。できないのなら、何もせずに黙っていて欲しかったと思います。
逆に、新しい文化を受け入れるのなら、関係者全員(かの塁審氏も含みます)に、(予想できたはずの)ペッパーミルパーフォーマンスについて事前に説明しなかったことを謝罪した上で、「若い選手の皆さんの良識を信用します」と宣言してほしかったと思います。おそらく日本野球にとってはこれが最善の選択でした。
何はともあれ東北高校の選手や監督が、気分の悪い事件を引きずらずに、この夏甲子園に戻ってきてくれたらいいなと思っています。
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