「はらぺこあおむし」問題、他紙の漫画家「万人受けする風刺画はない」
「表現の自由がなくなってきた」- 絵本『はらぺこあおむし』を題材にした毎日新聞の風刺画の炎上問題を再考
- 東京新聞で政治漫画を描いている佐藤正明さんは「別に問題ない」との見解
- ネット上の少数意見ばかりが重視されがちな最近の風潮に首を傾げる
6月5日付 毎日新聞朝刊に掲載され、波紋を呼んだ「はらぺこあおむし風刺画」問題。絵本『はらぺこあおむし』(エリック・カール著)を発行する出版社「偕成社」は7日、社長名義で「今回の風刺漫画は作者と紙面に載せた編集者双方の不勉強、センスの無さを露呈したもの」、「日本を代表する新聞の一つとしての猛省を求めたい」との抗議文を発表。ネット上では、偕成社に賛同する声が目立った。

だが、今回の風刺画はそれほど問題のある内容だったのか。風刺画による表現は、どこまでがセーフでどこからがアウトなのか。東京新聞で1986年から政治漫画を描いている佐藤正明さんに、話を聞いた。ちなみに、「風刺」「風刺画」の意味を辞書で引くと、次のように書いてある。
風刺:他のことにかこつけるなどして、社会や人物のあり方を批判的・嘲笑的に言い表すこと
風刺画:社会や人物を風刺した絵画。誇張をまじえつつ冷笑的に描かれることがおおい。カリカチュア・戯画などがある
* * *
「今回の問題は、出版社が抗議しなかったら、特に誰も気に留めないことだったと思うんです」
佐藤さんは、こう前置きした上で、出版社社長の気持ちには、一定の理解を示す。
「たとえば人種や宗教、民族などに関わる風刺画は、すごく問題になりやすいんです。日本だと皇室を茶化したりすると、すごく問題になるでしょう。誰にでも、茶化しちゃいけないタブーみたいな”聖域”があるんですよね。言い換えれば、自我に関わるような部分です。はらぺこあおむしは偕成社の社長にとって、聖域だったのでしょう。そこに踏み込んできたから、ああいう反応になったのかな」(佐藤さん、以下同)
一方、ネット上の反応には首を傾げる。
「はらぺこあおむしに対して、それほどの強い思い入れがみなさん本当にあったのかなあ。作品の信奉者とか、そういう人たちなんでしょうかね。自分が信じているものに土足で入り込まれると、むかっとするのは分かりますが」
ネット上では、炎上騒ぎに便乗した野次馬のような人も多いのではないだろうか。
「門外漢の人が、なんでそんなに一言言いたいんだろうなと思います。自分がここにいるぞっていうことを、知って欲しいんですかね。クレームは昔もあったけど、最近はネットで匿名でできるから、何か言いたくなるのかなあ」
表現の自由がなくなってきた
風刺画や政治漫画を描くためには、多少のクレームは覚悟しなくてはいけないのかもしれない。佐藤さんも、これまでさまざまなクレームを受けてきたという。
「以前、選挙前に民主党の負けが確実視されていたような状況で、負けを前提としたような漫画を描いたら党の最高幹部から新聞社に苦情が来たみたいです。あと、韓国ネタを描いたら東亜日報が取り上げて、向こうのネット上でかなり書き込みがあったようです。あとは、歌をネタにするのも著作権の問題で厳しくなりました」
アウトとセーフの見極めは、佐藤さんも苦労しているようだ。
「今だと気を付けるのは五輪のマークですよね。下手に加工したりすると、IOCが結構うるさいみたい。あと、最近は国旗を加工するのもダメですね。やっぱり、自我に関わることですよね。集団にとってのシンボルにタッチするのはダメだという感じがします」
描き手にとっては、昔のほうが自由に描けたのは間違いないようだ。
「昔描けたことが、今は描けない感じになっています。あっちこっちに気を遣っていたら、がんじがらめになって何もできないような気もするし。難しいですよね。表現の自由が、なくなってきたようにすら思います」
昭和の雑誌を今見ると、あり得ないような表現のオンパレードだ。
「昔は新聞でも雑誌でも、エログロ系のギョッとするような一コマが結構たくさんありました。今では考えられないですね」
出版社社長の抗議文では、“風刺画を描いた人は絵本を読んでいないのではないか”との批判も込められていた。だが、そうとも限らない。
「風刺画では、IOCの人たちが放映権というお金をむさぼるように食べていて、貪欲な感じを表しています。ということは、風刺画の作者は絵本の内容もご存知だと思うんですよね。エリック・カールさんが亡くなったということで、どんなもんかなと絵本ざーっと眺めて、これは使えそうだと思って描いたぐらいのものじゃないのかな。僕なんかは、別に問題ないと思うんですけどね。そこまでの悪気があってやったわけじゃないと思うんですけど。今なら問題になっちゃうのかなあ」
「万人受け」は不可能
誰もが手軽に意見を発信できる今は、風刺画受難の時代かもしれない。優れた風刺画とは、どういうものだろうか。
「作品と読者の関係によって相対的に決まるもので、絶対的に良いとか悪いとかは、なかなか決められないと思う。時代によっても変わるでしょうし。読者が賛同してくれれば良い風刺となるんでしょう」
毎日新聞の風刺画には、批判の声が出た。ということは、風刺画として失敗だったのだろうか。
「最近は、批判的な意見ばかりが重点的に見られているように思います。一人でもクレームがつくと、もうダメだったり。クレームが付くと、新聞社に限らずどの企業も二の足を踏んでしまっていますよね。少数意見を取り上げすぎていて、少数の恫喝みたいな感じすら受けます。最近そんな風潮ですよね」
逆に、良い作品や面白いものについては、ほとんど反響がないという。99%の人が“まあ良いんじゃない?”と思っていることでも、1%の人が“許せない”と声をあげれば、1%の意見だけが可視化され、それがネット世論を形成する。
出版社社長の抗議のやり方にも、佐藤さんは疑問を呈する。
「抗議するなら、毎日新聞社に直接すれば良かったと思うんです。わざわざ抗議文をネット上で公開したのは、世間の声を味方にしようと思ったんですかね。こっちに味方してくれるだろうと計算して、SNSの力に頼んでいるような感じを受けました」
最低限のラインは守りながらも、面白いものを作るよう模索するしかないのかもしれない。
「何を描いても、絶対に反対の意見はあるわけです。万人受けなんてできません。万人受けを狙うと、とてもつまらないものが出来上がります。それでも、新聞社も何回もチェックするから、結構無難な路線になりがちなんです。なかなかやりたいようにはやれないですが、でも、それが仕事ってもんですよ。いろんな気遣いしないとね」
何か結論をと問うと、こう言って苦笑した。
「結論なんて、出せないですよ。風刺画の問題に限らず、世の中のことなんて、割り切れないことばかりですからね」
何かを表現することは、誰かを傷つけることと無縁ではいられないのかもしれない。それでも、時代に合った形で、風刺画を作り続けて欲しいものである。
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