元将官の「反乱」、陰謀論者の増加…アメリカを襲う深刻な「分断」
アメリカは本当に「戻ってきた」のか?- G7で「米国は戻ってきた」とバイデン氏。しかし米国内は分断が深刻化
- 元将官らが陰謀論展開、トランプ政権の元高官によるクーデター容認騒動
- 米国民の14%がQアノン「賛意」。もはや国際的な大戦略を行う能力が欠如
先週イギリスのコーンウォールで行われたG7の会合で、アメリカのバイデン大統領は「アメリカは戻ってきた!」と高らかに宣言し、国際主義への復帰をアピールした。たしかに先進国として、バイデン大統領が新型コロナ対策への取り組みや気候変動への後進国への支援を行い、中国やロシアのような権威主義的な国々に対抗するために「民主的連帯」を政策として打ち出したことは、世界におけるアメリカのリーダーシップを期待する人々にとっては、実に安心できるものであった。
ところが本国アメリカでは、相変わらず政治の深刻な分断が進んでいる。日本ではあまり報じられなかったが、その深刻な分断を象徴するようなニュースが3つほどあったので、本稿ではそれらを簡単に紹介してみたい。
分断① 元米軍将官らの「反乱」
まず1つ目は、アメリカ軍の元将官たち120名あまりで構成される「Flag Officers 4 America」と名乗るグループが、連名で5月10日に発表した公開書簡。「大統領選の投票がバイデン氏に有利なように不正に行われた」という陰謀論を展開しつつ、「憲法上の権利に対する全面的な攻撃」によって国家が「深い危機に瀕している」と警告した。
日本のごく一部では、トランプ支持派のこの退役軍人たちの行動を「非常に愛国的な行動である」と絶賛する向きもあった。
だが、これはアメリカにとっては極めて恥ずべき民主主義国家の前提を揺るがす大変危険な行為である。軍人と国家指導者たちの関係についての議論(俗に政軍関係という)の学問的な伝統に馴染みのない日本の識者にはピンとこないかもしれないが、アメリカのプロの政軍関係の研究者たちにとっては、こうした書簡が元将官らから出されることの方がよほど「深い危機」である。
なぜならこれは、アメリカのような民主国家にとっての大前提である「国家の戦略的意思決定の最終的な責任が、軍部(軍事独裁)ではなく、民主的に選ばれた政治家(文民)の手に委ねられることが望ましい」という規範的な伝統を、根底から覆す行為であったからだ。
そのため、元将官らの書簡には批判が殺到したが、とりわけ厳しく批判したのが、デューク大学のピーター・フィーバーという学者だ。フィーバーは、この分野の専門家として著名であり、自らアメリカ政府の高級官僚として働いた経験を持つ。
フィーバーによれば、手紙の内容そのものよりも、彼らの行動が許せないという。
「非常に不愉快なのは、124人の署名者全員が、文民の指揮下に置かれ、偏狭な党派的政治とは切り離されるべきであるという貴重な原則を持つ職業の退職者であることだ。憲法に忠誠を誓うことを繰り返してきた彼らが、憲法を、特に文民統制の重要な原則を、全力で損なっている」(参照:「ジョー・バイデンに対する軍事反乱」)
日本でもよく言われる「文民統制」だが、アメリカでの峻別はより厳格なものなのだ。
分断② フリンの「クーデター容認発言」
2つ目は、マイケル・フリンという人物の発言だ。
フリンと言えば、トランプ大統領の政権で最初に国家安全保障アドバイザーを務めたアメリカ陸軍の元中将であり、ロシア疑惑の捜査に絡んで偽証を行なったとして罪に問われたが、最後は元上司のトランプ大統領に恩赦されたという人物だ。
オバマ政権では国防情報局長官まで務めた人間だったが、どうも思い込みが激しい性格のようで、トランプ政権にアドバイスを行い始めてからは、陰謀論に基づく数々の問題発言を行うようになっていた。
その決定的な問題発言は、5月30日にテキサス州ダラスで開催された「For God & Country Patriot Roundup」という陰謀論者たちを中心とするトランプ支持者たちが集まった集会の、質疑応答の時間のものだ。
この時にフリンは会場からの質問に答えるかたちで、「ミャンマーのような軍事クーデターはアメリカでも起こるべきだ」という主旨の発言をして大問題となった。
もちろんその後にこの発言の深刻さに気づいたフリンは、自身のSNSのサイトで火消しに回ったわけだが、彼は元軍人であるために退役直後から軍人年金を受け取っており、しかも現役と同じように「軍事司法統一法典」(the Uniform Code of Military Justice)に従わなくてはならない。
しかもこの法律では、フリンのような元軍人の高官が「他の者と協力して、反乱、暴力、その他の騒動を起こして……合法的な市民権の転覆または破壊を引き起こす意図」を持っていた場合には「扇動罪」に問われるというのだ(参照:「軍はマイケル・フリンの問題にどのように対処すべきか」)。
もちろんフリンの発言は「反乱、暴力、その他の妨害」を引き起こすような行為とは言い切れない、極めて「グレー」な発言だったのかもしれない。だが、それでも軍法会議にかけろと言われてもおかしくなかったほどであり、会場でその発言を熱狂的に受け入れていた人々も「異常」だったと言える。
分断③ 米国の14%が「Qアノン・陰謀論者」
そして3つ目が、最近発表された、アメリカ国民の意識調査の結果についてのニュースだ
驚くべきことに、いわゆる「Qアノン」と呼ばれる陰謀論の意見が、アメリカ国内で予想以上に信じられているという実態であった。
PRRIが5月27日に発表したレポートによると、共和党員の約4分の1にあたる23%が、QAnonムーブメントに関連した一連の陰謀論的信念に賛同していることが判明したという。このような信奉者たちは、大きくいえば以下の3つの仮説に同意している。
1.米国の政府、メディア、金融界は、世界的な児童買春(売春)を行っている悪魔崇拝の小児性愛者たちに支配されている。
2.権力を握っているエリートたちを一掃し、正当な指導者たちを取り戻す「大嵐」がやってくる。
3.あまりに大きくなった腐敗を正すため、真のアメリカの愛国者たちは国を救うために暴力に訴えなければならないかもしれない。
全米では、これらすべての意見に「反対」と答えた人が大多数を占めてはいる一方で、「ほとんど賛成」または「完全に賛成」と答えた人が14%もいることは見逃せない。単純にいえば10人に1人以上ということになるので、政治的にもその影響力は見逃せない。
もちろんこれを「よくある単純な陰謀論だ」と一蹴するのは簡単だ。だがこのデータを見ただけでも、アメリカ内部での政治的な意識の分断、とりわけ人々が「何を真実とみなすのか」という見解でさえ、これほど分断しているという事実は、もっと日本でも認識されておいてよい。
アメリカは大戦略遂行能力を喪失
最後に、ダニエル・ドレズナーという学者が、数年前に外交専門誌であるフォーリン・アフェアーズ誌で共著で展開した議論を紹介しておきたい。
タフツ大学のフレッチャースクールという名門校の教授であるドレズナーと共著者らは、「大戦略の終焉」という論文で、こう述べている。ここ数十年間でアメリカの大統領の権限が強まっていた。ただしこのような大統領の権限の強化や裁量の肥大化というのは、それこそオバマ大統領や、その前のブッシュ大統領の頃から、長年かけて強まってきたトレンドだというのだ。
これはトランプ大統領が就任すると、すぐに環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を議会の相談なく脱退した例などからもわかる。
つまりアメリカに、冷戦期の「封じ込め」のような、一貫して安定した大戦略に基づく施策を行うのはもう難しい状況になっている。たとえば次に大統領選挙でバイデンが負けて、共和党政権に交代すると、トランプになるかどうかに関係なく、現在のバイデン政権の国際主義が容易に否定される可能性が高くなるということだ。
とりわけ野党である共和党が、国内の犯罪率の上昇によって「犯罪を厳しく取り締まる共和党」というイメージを全面に押し出し、来年の中間選挙で議席を大幅に獲得しそうな現状を踏まえると、政策の大転換の可能性は低いとは言い切れない。
アメリカが本当に「戻ってきた」のか、日本の政策担当者たちは懐疑的な目で見つつ、備える必要があるだろう。
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