火星探査で注目「原子力電池」、日本だからこそ何ができる?

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第6回
化学講師
  • 米NASAの火星探査車の電源となった「原子力電池」について解説
  • 寿命は数十年!さらに原子力電池の日用で「ダイヤモンド電池」開発も進む
  • 原爆と原発事故の両方を経験した日本だからこそできる技術がある?

2021年2月。暗号が記されたパラシュートを開き、火星に着陸していく探査車。そして、火星に吹く風の音。まるで映画の世界のような映像に、みなさんは何を感じたでしょうか。今回、米NASAが送り出した火星探査車パーサヴィアランス。2年以上ものあいだ火星を走り回り、地球で待つ人類のため様々なミッションに挑むといいます。その動力となるのが、放射性物質を利用した「原子力電池」。なんとこの電池、数十年は余裕で放電し続けるのだとか。人類の夢を背負って火星へ飛び立ったこの電池は、いったいどんなものなのでしょうか。

パーサヴィアランス(NASA / JPL-Caltech)

想像を超える原子力電池の寿命!

みなさん、第2回の年輪のお話で登場した「同位体」を覚えていますか?「酸素16」と「酸素18」のように「同じ元素で重さが異なるもの」でしたね。

この同位体のなかには、不安定なために「放射線を出しながら壊れてしまうもの」があり、これを「放射性同位体」といいます。例えば、炭素には3つの同位体「炭素12」「炭素13」「炭素14」があります。このうち「炭素14」が放射性同位体で、放射線を出しながら別の原子へと変化していきます。このとき放出される放射線のエネルギーを電気エネルギーに変える装置が「原子力電池」です。原子力電池の大きな特徴は「長寿命」です。ただし、利用する放射性物質によって寿命は大きく変わるため、「半減期」を用いて寿命の指標とします。

パーサヴィアランスに搭載されている原子力電池(NASA / JPL-Caltech

半減期とは「放射性同位体が壊れて半分になるまでにかかる時間」のことです。例えば、今回火星に行った原子力電池には「プルトニウム238」という放射性同位体が使われていますが、最初にある「プルトニウム238」の量を1とすると、壊れて2分の1になるまでに約88年かかります。これが半減期です。

半減期がそのまま電池の寿命というわけではありませんが、当然、半減期が長いほど寿命の長い電池となります。また、半減期の長い電池ほど放出される放射線は弱くなります。「プルトニウム238」はその半減期の長さと出力が宇宙探査ミッションに適しているとして、宇宙探査機などの電池に使用されるようになりました。

1977年に打ち上げられたNASAの惑星探査機ボイジャーもその一つで、太陽圏を脱した今でも、地球に信号を送り続けています。太陽光の届かない深宇宙で、40年以上経った今でも放電し続けることができるのは原子力電池ならではだと思いませんか。

核廃棄物を利用する電池 !?

そして今、「日常使い」を目的として、実用化に向け研究が進められている原子力電池があります。それは、半導体に人工ダイヤモンドを使用した「ダイヤモンド電池」です。

その中でも特に注目を集めているのが、放射性同位体に「炭素14」を使ったダイヤモンド電池で、英ブリストル大学などで研究されています。その驚くべき点は「炭素14」の出どころです。それはなんと、核廃棄物!この電池が実用化されれば、処理が問題になっている核廃棄物の利用が可能になるのです。しかも、「炭素14」の半減期は5730年 !!「おじいちゃんのおじいちゃんが使っていた電池がまだ使えるよ」なんて時代が来るかもしれませんね。ただし、「炭素14」は半減期が長いぶん出力が非常に小さいため、出力を高める技術の開発や、半減期が100年の「ニッケル63」を使ったダイヤモンド電池の研究も進められています。

ちなみに、ダイヤモンドは半導体材料として非常に優れており、「究極の半導体材料」ともいわれています。しかし、半導体として使用できる人工ダイヤモンドは、工業用の研磨剤などに利用されている黄色いものとは異なり、無色透明の美しいものでなくてはならず、その合成が難しいことから、ダイヤモンド半導体の研究は困難を極めていました。

しかし、半導体として利用できる美しい人工ダイヤモンドの合成法が日本で開発されており、日本はダイヤモンド半導体の分野で世界にリードできる可能性を秘めています。

あえて困難に挑戦を

最後に、みなさんは「原子力」という技術にどのようなイメージをもっていますか?どんな技術も「人がコントロールできる範囲で、環境に配慮し、人や動物が幸せになるために使う(それができないなら使わない)」。これは原子力も例外ではありません。

特に日本は、原爆と原発事故の両方を経験している唯一の国です。慎重になるのも、過去を忘れずにいることも、とても大切なことだと思います。ただ、少しだけ、偏ったイメージになっていないでしょうか。胸が高鳴ったあの火星の映像の向こう側にも、原子力のチカラが使われているのです。

本当の怖さを知っている日本だからこそ発信できる言葉や発想、そして技術が必ずあるはずです。そのためには、ネガティブなイメージだけに支配されることなく原子力と向き合っていかなくてはいけません。怖い経験をしたわたしたちにとって、それは難しいことかもしれません。それでも「日本だからこそできた」と言える日がくると、私は信じています。

火星探査車パーサヴィアランスのパラシュートに記されていた暗号は、NASAが発表した約6時間後にはネット上で解読されていました。浮かび上がった言葉は「dare mighty things(あえて困難に挑戦を)」。これはルーズベルト大統領の演説の一節であり、NASAのジェット推進研究所のモットーとのことですが、今のわたしたちに必要な言葉なのかもしれません。

 

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