「菅首相が日韓会談を断った」は本当か?“略式首脳会談”の幻と真相

誤報のウラに浮かぶ「筋書き」
早稲田大学名誉教授
  • G7直後に韓国で「日韓略式首脳会談の約束を菅義偉首相が破った」と誤報
  • 誤報の背景を読むと、聯合ニュースの「略式首脳会談」など不審点が多い
  • 徴用工判決もあり、首脳会談実現への韓国側の根拠のない期待が膨らんだか

ロンドンでのG7首脳会議直後、韓国の通信社、新聞が「日韓略式首脳会談の約束を菅義偉首相が破った」と大々的に報じた。これを受け、同じ日のNHKニュース、情報番組が飛びつき、大きな関心を呼んだ。普段は冷静な加藤勝信官房長官は怒りの表情を見せ「そのような事実は全くない」と否定した。一体、何が起きているのか。真相を追ってみたい。

G7参加首脳の集合写真(官邸HP)

韓国・聯合ニュース記事の疑問点

事の始まりは、韓国の連合ニュースと政府系のハンギョレ新聞の報道だった。

(聯合ニュース)韓国の文在寅大統領と菅義偉首相が、主要7カ国首脳会議(G7)に合わせ会談することで韓日両国が合意したが、日本が一方的に取り消したことが6月14日わかった。韓国の外務省当局者によると、両国は英国西部でのG7期間中、略式会談を行うことで合意していた。

それが本当なら一大事だが、次を読むと何かおかしい。

外務省当局者は『我々は最初から開かれた姿勢で日本側の呼応を期待していた』、実務レベルで暫定合意した略式会談に応じなかったのは残念に思う。

首脳会談合意を「実務レベル」のような下っ端に、韓国はまかせたのか。事実だとすればとんでもない話だが、この表現では「ウソ記事」と判断されてしかるべきだろう。首脳会談は外相や局長クラスにしか交渉権限はない。しかも「暫定合意」では話にならない。「略式首脳会談」の用語もいかがわしく、こうした表現は日本語にも英語にもない。

また、ニュースソースを「外交当局者」としているが、誰を意味するのか不明だ。「当局者」は、日本語では「外務次官」や「外務省局長」を意味しない。

ハンギョレ新聞も欠陥原稿を掲載

さらに、文在寅政権支持のハンギョレ新聞は、次のように書いた。

韓国政府高官は14日、G7で日韓首脳会談を開く予定だったが、日本がきちんとした通知もなく日程を取り消したと述べた。この過程で菅義偉首相が納得し難い『外交的欠礼』を犯していたことが確認された。

さらにハンギョレ新聞は「韓国政府高官」の話として「日韓首脳会談を開く予定だった」と書いたが、これまたおかしい。この「政府高官」は「外務省高官」なのか「大統領府高官」なのか、所属が不明だ。「幽霊高官」の上、役職も明示しないのは欠陥原稿だ。

こんなトンデモ記事を、そのまま「転電」する日本の通信社もおかしい。首脳会談に誰と誰が合意したかを、聯合ニュースに問い合わせるか韓国外務省報道官に聞いてから記事化すべきだろう。あるいは「聯合ニュースと韓国外務省は、合意した人物を明らかにしなかった」と書かなければ、取材不足だ。

なぜかダンマリの日本外務省

一方、日本外務省は、今回の「事件」にダンマリを決め込んでいる。取材記者であれば、「心当たりがあるのでは」と疑い、外務省の課長クラスが駐日韓国大使館の参事官レベルに「時間があれば首脳会談も検討可能か」と善意から述べて、期待を与えてしまったのではないか、とさらに疑う。仮にそうだとした場合、この課長級の人物は、曖昧な発言が「日韓合意」に発展して大問題になる、と判断できなかったことになる。

実際、取材してみると、どうやらこの「暫定合意」情報がソウルに伝わり、韓国大統領府や外務省は、取材記者に「首脳会談はなおオープン」「可能性はある」と説明し、各新聞も日韓首脳会談の可能性を匂わせる記事を書いていたというのが、真相に近い。なんともお粗末で外交官感覚もない「外交ゲーム」だ。

12日、各国首脳と記念撮影に臨む菅首相。会談も文大統領(左奥)との距離はあった(官邸HP)

誤報の背景に「徴用工裁判」あり

この「誤報」には、もう一つの「背景」がある。G7首脳会談直前に、ソウル中央地裁は最高裁判例とは反対に、元徴用工の日本企業への請求権を認めない「画期的」な判決を言い渡した。しかも予定の判決日を、あえてG7の4日前に動かした。明らかに、日韓首脳会談実現のための仕掛けで、「実務レベル合意」が「首脳会談実現につながる」との「根拠のない」期待が、「首脳会談に開かれた姿勢」と新聞に書かせたのだろう。

ここから先は推測だが、日韓首脳会談への期待を書いた記者はメンツ丸潰れで、G7後に大統領府や外務省高官に「話が違う」「なぜ実現しなかった」と詰め寄っただろう。

高官は「徴用工判決まで変えたのに、首脳会談に応じなかった」とは言えない。苦し紛れに「合意はあった」と説明するしかない。「実務レベルの暫定合意」「略式首脳会談」「会談予定だった」と、韓国的「外交文学」を並べ立てた。韓国では「菅首相が約束を破った」という内容だけで大きな記事になる。ハンギョレ新聞は確認もせずに「外交的欠礼」と書いた――そんな筋書きが浮かぶ。

外交判断に欠けるのは韓国側だ

善意に解釈すれば、韓国は首脳会談に必死で、閣僚や政治家、大使が官邸内外に押しかけていたから、外務省か官邸の「実務レベル」、あるいは自民党政治家が「立ち話くらいは検討可能」と言ったのかもしれない。日本語の「検討します」は「やらない」の意味だが、韓国語では「やります」の意味になる。「立ち話」が、韓国外交では「暫定合意」「略式首脳会談」の言葉に変わったとすれば辻褄は合う。

保守系の中央日報紙は、「見苦しい韓日首脳会談の真実攻防」との社説で批判した。大統領府の首席補佐官の1人も翌日には「大統領府はこの問題に言及しない方がいい」と、火消しに回った。仮に課長級の「事務レベル合意」があったとしても、課長クラスの「合意」を首脳会談合意としたのは、余りに外交判断に欠けると言うしかない。

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