保守もミャンマーを語れ、リベラルもウイグルを論じよ

党派性の壁を越えた人権外交へ
国際政治学者/東京外国語大学大学院教授
  • 国会の人権問題への非難決議で、対中国は通らず、対ミャンマーは採択
  • 冷戦時代からの悪弊で、保守がミャンマーを、リベラルが中国共産党擁護
  • 人権外交は日本の閉塞した言論状況を打破するための試金石

ウイグル問題に関する対中非難の国会決議が見送られた。自民党の執行部が承認をしなかったという。著名なジャーナリストである有本香氏が夕刊フジの連載で問題提起をしたため、話題が広がった。

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注目したいのは、全野党が賛同する準備をしていた点だ。ミャンマー国軍非難の決議は、反対意見なく、衆議院でも参議院でも決議が採択された。その背景には、超党派(自民党では逢沢一郎衆院議員、立憲民主党では中川正春衆院議員や石橋通宏衆院議員)の人権外交に向けた取り組みがあった。公明党でも、谷合正明議員らは、在留ミャンマー人の滞在延長に向けて尽力した。

非難決議をするか否かで明暗。政治的背景とは?(themotioncloud/iStock)

各国大使が参加する共同声明など、外務省が主導する場合には、日本は、ミャンマー国軍非難を忌避し続けてきた。しかし今や外務省も、政治主導の流れに押される構図となってきている。

関連拙稿(アゴラ):国会・G7首脳 vs.日本ミャンマー協会

ミャンマー問題では、「親ミャンマー」の議員たちが、国軍を非難する側に回り、成功した。ウイグル問題では、「親中国」の議員たちが、中国共産党政権の批判を避ける勢力となり、頓挫した。要するに、政治家たちの人権外交をめぐる姿勢が問われている。

ミャンマーと保守

ミャンマーについては、政・財・官界の日本のエスタブリシュメント層が深く関わる形で巨額のODAが流し込まれてきた経緯がある。大日本帝国軍がミャンマー国軍を創設したという物語から、ミャンマーは伝統的には保守系の人々の牙城の印象があった。笹川陽平・日本財団会長や渡邉英央・日本ミャンマー協会会長といったキーパーソンたちは、欧米諸国への懐疑心を露わにしながら、ミャンマーに関与し続けてきた。こうした経緯から、日本では、ミャンマー国軍を批判すると、「反」保守系であるかのようにみなされてしまう雰囲気がある。

実際に、日本政府のミャンマー問題への取り組みの強化を呼びかける文化人たちは、どちらかというと「リベラル」系とされてきた方々であるかもしれない。もっとも、新型コロナ問題等の国内問題で政権批判に明け暮れている大多数の「リベラル」系言論人たちは、ミャンマー問題にはほとんど関心がないようではあるが。

中国とリベラル

他方、ウイグル問題では、どちらかというと保守系の言論人が活発に問題提起をしてきた。有本氏は、保守系メディアの「虎ノ門チャンネル」などを使って、ウイグル問題を発信し続けてきた。佐藤正久議員が主導する自民党の外交部会は対中非難の決議の採択に積極的であった。ウイグル問題を取り上げることは、中国共産党政権の批判をすることにつながる。そのため右寄りの言論人が躊躇なくウイグル問題を取り上げる傾向があるように見えた。

冷戦時代の日本で、左派系言論人が、中国を好意的にみなしてきた歴史的経緯がある。そのため、今でもリベラル系には中国に親和的な傾向が見られる。そこで中国批判につながるウイグル問題を取り上げるのは嫌中派の右派に与することだ、という雰囲気が生まれてきてしまった。そのため「リベラル」系言論人は、ウイグル問題を保守系言論人の反中国キャンペーンの一環であるかのように扱い、忌避する態度を見せがちになった。

日本のムラ社会の構図

このようなムラ社会的な構造は、日本独特のものだ。

保守系であると、ミャンマー国軍を擁護しなければならないのは、馬鹿げている。リベラル系であると、中国共産党を擁護しなければならないのも、馬鹿げている。

旧態としたポジション論争でよいのか(Anastasiia_New/iStock)

これまで反欧米主義の論調でミャンマーと付き合ってきた方々は、今さら欧米諸国と協調して国軍批判ができないのかもしれない。これまでアジア主義を掲げて中国政府と付き合ってきた方々は、今さら欧米諸国と協調して中国批判ができないのかもしれない。だがそれらは、あまりに偏狭な視点であり、国益に反する。

1989年の世界の経済大国であった日本であったなら、天安門事件の虐殺を主導した中国共産党を許そうと諸国に呼び掛けても、なお他国は日本を尊重したかもしれない。だが今の日本が、人権外交を軽視する態度を見せるならば、同盟国・友好諸国の日本に対する信頼を減退させるだけではないか。

保守もミャンマーを語れ

保守系言論人とみなされている方々に言いたい。ミャンマー国軍は、日本を裏切った。ミャンマー国軍を批判すると、自分の保守主義の基盤が揺らぐ、などと思い悩んではいけない。もしこのまま市民を虐殺し、中国に庇護されるミャンマー国軍に忖度し続けるなら、日本の保守主義は、終わりだ。

巨額のODA円借款を使い、大型契約を持った日本企業に海外進出させる護送船団方式のやり方が、ミャンマーでは通用しないことも明らかだろう。人権外交を大枠の価値観として提示することによって、現地のミャンマー人と寄り添いながら、着実にビジネスを進めていこうとするビジネスマンを地道に支援していく方向性へ、日本の外交姿勢をシフトさせていくべきだ。

リベラルもウイグルを論じよ

リベラル系言論人とみなされている方々に言いたい。ウイグル問題は、世界の自由主義者が怒りを表明して立ち上がっている問題だ。もしウイグル問題で中国を批判すると保守系言論人の得点になってしまう、と考え、なるべく目をそらそうとするのであれば、日本のリベラルは、終わりだ。

保守系言論人と共同歩調をとるわけにはいかない、といった了見の狭い態度は、日本社会における人権規範の意識の低下を招き、さらには日本のリベラルは偽リベラルだ、という評判を招くだけだろう。

価値の共同体が日本の生命線

日本の国力は疲弊している。価値観を共有する諸国との国際協調主義が、日本の生命線だ。

自由主義を信奉する日本の同盟国・友好国が、こぞって人権問題への深い懸念から、ミャンマー国軍を批判し、中国共産党を批判している。この自由主義諸国の「価値の共同体」にそってこそ、日本の長期的な国益も確保されるだろう。

人権外交は、日本が冷戦時代からの閉塞した言論状況から脱出するための試金石でもあるようだ。左右の対立の恩讐を越え、日本外交のあるべき姿を考え直すため、人権外交に真剣に取り組みたい。

 
国際政治学者/東京外国語大学大学院教授

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