中国原発「放射能漏れ」#2 自衛隊はMASINT能力の強化を急げ!

「危機を迅速に知る」情報体制とは
元航空自衛隊情報幹部
  • 台山原発は南シナ海沿いだが、東シナ海沿いの原発事故の場合は日本に影響
  • 自衛隊機の核情報収集は北朝鮮の核実験時でも証拠収集できず有事に懸念
  • 米軍はMASINTの任務機を保有。日本も任務機保有など専門部署の創設を

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今回の台山原発のトラブルに関連して、日本の原子力規制庁によると、「国内の放射線量を測定するモニタリングポストの値には今のところ有意な変動はない」とのことである。確かに、台山原発は南シナ海に面しており、今回のような程度の事故の影響はわが国には及ばないのであろう。しかし、今後東シナ海に面した原発などで事故が発生した場合には、いち早くこの影響を察知する態勢を取らなければならない。

台山原発(EDFプレスリリースより)

現在のわが国の「NUCINT:Nuclear Intelligence(核情報)」に関する態勢はというと、北朝鮮が核実験を行った場合など、日本原子力研究開発機構が開発したWSPEEDI(緊急時環境線量情報予測システム世界版)による放射能拡散予測結果に基づき、航空自衛隊のT-4練習機やC-130輸送機などが専用のポッド(機体下部などに取り付ける装置)を装着して集塵飛行(大気浮遊塵の採取)を行い、これを公益財団日本分析センターなどに持ち込んで核爆発によって生み出されるキセノン(Xe)やアルゴン(Ar)など放射性希ガスの有無を確認している。

しかし、実際のところこの集塵飛行で核実験の証拠が掴めたためしはなく、この態勢にはさほどの迅速性も求められない。もし、これが「中国の原発事故による大量の放射能漏れ」や「核兵器がわが国または周辺で使用された場合」などの事態が発生し、わが国の国民に被害が及ぶ可能性が出てくるような事態となれば、とてもこのレベルの情報活動では状況に対応できないだろう。

MASINTの能力向上を図るべき

米空軍はこのような事態に備えて、MASINT任務専用の航空機「WC-135(Constant Phoenix)」を保有している。この機体には、フィルター紙上で微粒子を収集するためのフロースルー装置と、採取した全サンプルを高圧力下で保存するコンプレッサーシステムが装備されており、大気中に含まれる微量の放射性粒子をリアルタイムで探知する機能が付与されている。

空中給油中のWC-135(米空軍撮影:public domain)

当該機は、チェルノブイリ原発事故の際も、放射性物質の追跡に活躍した実績を持ち、北朝鮮の度重なる核実験においても日本海などで情報収集活動に従事している。しかし、この機体は米国に2機しかないため、わが国周辺で仮にMASINTが必要な事態が発生しても、これがすぐに割り当てられるという保証は全くない。

また、米国防情報局(DIA)には、MASINT・技術収集部(Directorate for MASINT and Technical Collection)というMASINT専門の部署が存在しているが、防衛省の情報本部などにはこれに該当するような部署はない。

わが国では過去に地下鉄サリン事件という大規模化学テロが発生したほか、東日本大震災では福島第一原発が地震と津波により(原発事故としては最高である)レベル7の事故を発生させている。そして、これらは何れも対応が後手に回って被害を拡大させた。特に、地下鉄サリン事件の兆候となった松本サリン事件では、警察がこのサリンという化学兵器の知見を持たなかったため冤罪逮捕に至り、オウム真理教というテロ組織の特定に至るまでかなりの日数を費やして地下鉄サリン事件を発生させてしまった。

このような歴史を経ながらも、自衛隊のMASINT能力は未だに進化していないのが現状である。そして、現在では、細菌兵器ともなりうる新型コロナウイルスのパンデミックによる対応においても、先進国の中で後塵を拝している。自衛隊は今や様々な分野での活動を求められている。それは、外敵からの攻撃だけではなく、あらゆる国家的な危機に際しては、「真っ先にその矢面に立って国民を守る」ということだ。そのためには、まずその危機の状況を迅速かつ正確に知らなければならない。即ち、そのための情報活動と十分に蓄えられた知識が必要不可欠なのだ。

わが国も、WC-135のようなMASINT能力を有する任務機の保有や、これらによって収集した物質を分析するなど、このような危機に対応する適切な手段(作戦)をサポートするための専門部署の創設を検討する時期に来ているのではないか。手遅れにならないよう、早期に行動に移してもらいたいと思う。

 

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