世界初の認知症治療薬、承認でも手放しで喜べないワケ

日本で将来承認されても高い薬価どうなるか
医学博士、医療ジャーナリスト
  • 世界初の認知症治療薬が米当局に承認も物議。効果もまだ疑問視
  • 比較的軽度の認知症が対象となりそうだが「治る」とまでは言えない
  • 日本で将来承認された場合でも、高額の薬価が見込まれ医療費に影響

バイオジェンとエーザイが共同で開発した、世界初のアルツハイマー型認知症の治療薬、アデュカヌマブが今月7日、アメリカのFDA(食品医薬品局)で承認されたが、物議をかもした。FDAの諮問委員会では、11人中8人が承認に反対していたにもかかわらず、迅速承認されたからだ。専門家たちが問題視したのは、効果に関して、はっきりとしたエビデンスがあるとまでは言えない点だ。

第3相臨床試験も、EMERGE試験とENGAGE試験という二つが行われていたが、2019年に、想定していた効果が見込めないとして一度中止されている。その後、当時の未発表のデータで、高容量で使用すれば効果がある可能性があるとして、承認申請を行った。このうちの一つの試験(EMERGE試験)では、再解析で高容量投与で効果があるという結果が出ているが、もうひとつの試験では高容量でも効果がなく、相反する結果となっている。FDAは、「リスクよりも利益がまさる」として迅速承認を行ったが、承認後に行われる臨床試験で効果が見込めなければ、承認取り消しの可能性もあるとしている。また、もうひとつ大きな問題点として、薬剤が高価なため、医療財政を逼迫する可能性も挙げられている。

そもそもどんな人に効果

投薬の対象になる条件は、臨床試験の結果をもとに決められることが多いが、アデュカヌマブの臨床試験は、参加者の平均年齢は70歳で、日本人も含まれていた。臨床試験では、比較的軽度の認知症および、軽度認知障害の人がエントリーされており、こういった方々に対して、認知症の進行を遅らせる効果があったと考えられた。認知症が進行してしまうと、効果が弱くなるのではないかと考えられている。そのため、投与の対象となるのは、比較的軽度の認知症の人だろう。

また、今回の治験は定められた試験期間が18か月で、中止のため満了していない患者も多く、どの程度の期間治療をするべきかも定まっていない。専門家の中には、もっと長期間の評価をするべきだとする意見も多い。注意しなければならないのは、決して「治る」とまではいかないことだ。臨床試験でも、プラセボ(偽薬)を投与した人に比べて、20%程度の割合で臨床的な重症度が低くなり、認知症の進行を遅らせることができたという結果になっていて(1)、決して「認知症になるのを100%防げる」あるいは「認知症を100%治せる」というわけではない。また、治験では頭痛や脳浮腫などの副作用があることも確認されている。

アルツハイマー型認知症が起こる原因の全容がわかっているわけではないが、アミロイドβというタンパク質が脳に蓄積することが影響すると考えられている。アデュカヌマブは、アミロイドβに対する抗体であり、投与すると、アミロイドβに結合して除去し、沈着を減少させる仕組みだ(2)。アデュカヌマブを使用するには、アミロイドβタンパクが実際に蓄積しているかどうかを確認しなければならない。確認のために使われるのが、脳のPET検査だ。

日本での承認はあるのか

一般的には、日本での薬剤承認の前には、日本人を対象とした臨床試験が必要とされる(ファイザーの新型コロナウイルス感染症ワクチンも、4万人規模の世界での臨床試験があったにもかかわらず、日本でも小規模な臨床試験が行われた)が、アデュカヌマブの臨床試験には日本も参加しており、エーザイはすでに承認申請を行っている。これから、それほど遠くはない将来に承認される可能性があるが、アデュカヌマブを使用するには、アミロイドPETによる画像診断が必要であり、それがまだ日本では承認されないままになっている。アデュカヌマブの承認の際に、PET検査の承認が問題になる可能性がある。

また、日本での薬価がどうなるかも多くの人の関心があるところだろう。アメリカでの薬価は現在のところだが、日本での薬価が同程度になるとは限らない。たとえば、国内で唯一薬価が1億円を超えた遺伝子治療薬・ゾルゲンスマは、アメリカでの薬価は2億3000万円程度だが、日本では1億6700円程度となっている。今回のアデュカヌマブも、アメリカよりは安価になる可能性が高い。投与対象となる人の数が増えれば、オプジーボのように、最初は高額でも後で薬価が下がることもある。

Pornpak Khunatorn/iStock

深刻化する日本の認知症問題

高齢化の進む日本においても、認知症の問題は深刻だ。世界規模では、5000万人以上の認知症患者がいるとされているが、日本では、平成29年の、内閣府による高齢社会白書によると、2020年は、認知症の65歳以上での有病率は16.7%、数は602万人にのぼると試算されている。各認知症の有病率が現在と変わらず一定であると仮定したとき、2025年には、65歳以上の高齢者の18.5%、675万人が認知症という計算であり、高齢者5〜6人に1人となる。また、2060年には、高齢者の24.5%、つまり4人に1人、850万人が認知症と推計されている。

「認知症」という診断を受ける人の推計でもこのくらいの膨大な人数になるわけだが、「健常」と「認知症」の間に、「軽度認知障害」という段階が存在する(軽度認知障害を経て認知症に至ることも多く、認知症の前段階と考えられているが、全ての人が認知症へと進行するわけではなく、健常に戻ることもある)。2012年の厚生労働省作成の資料では、当時の認知症患者数462万人、軽度認知障害400万人と推計されている。

高齢者数が増えていることを考えると、現状では、軽度認知障害ももっと増えているだろう。アデュカヌマブのFDA承認に際して、エーザイの社長は、国内対象患者数の見通しを100万人と述べたが、実際にはもっと多い可能性もあり、将来的には増加が予想される。

日本の医療費への影響

今回、アメリカでついた薬価は、日本円に換算して、年間使用で610万円程度だ。先に述べたゾルゲンスマなどの高額新薬もそうだが、新薬の研究開発には巨額の資金が投入されており、製薬会社はそれを回収する必要があり、それが薬価にも反映される。

今回、日本で承認され、仮に年間使用で300万円程度の薬価がついたとすると、見通し通り、単純計算で年間100万人に使用したら、年間3兆円程度の規模になる。検査体制が整備されておらず、現実の使用は様々な臨床的な条件で絞られる可能性があるので、年間100万人に投与することは考えにくいが、それでも、10万人に投与したとしても年間3000億円、1万人だと300億円となる。月に1回、点滴で投与するが、何年投与するかも定まっていない。日本の年間の医療費が約43兆円であるから、かなりのインパクトがある。

ちなみに、年間300万円程度の薬価の場合、個人の負担は、2割負担だと年間60万円、3割負担だと100万円程度になり、高額療養費制度の対象になる可能性もある(まだ薬価は未定なので、必ずこの程度になるというわけではない)。しかし、対象になる患者が増えると、一時期高額新薬で話題になったオプジーボのように、価格は低下していくと予測される。また、今回のアデュカヌマブ承認で、現在開発中の他の認知症薬も脚光を浴びている(エーザイとバイオジェンは、レカネマブという新薬の第3相試験を現在行っている)。類似の治療薬が増えていくと、市場の変化によって薬価も変わりうる。

【参考文献】
(1) FDA「Aducanumab for the Treatment of Alzheimer’s Disease: Clinical Overview of Efficacy
(2) Sevingny J et al. The antibody aducanumab reduces Aβ plaques in Alzheimer’s disease. Nature. 2016; 537(7618):50-6

【おしらせ】 松村むつみさんも監修に参加した『超リテラシー大全』(サンクチュアリー出版)がこのほど発売されました。

 
医学博士、医療ジャーナリスト

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