“ミニ村上”が群雄割拠…敵対的TOB急増は、安倍政権のレガシー?
アクティビスト暗躍の土壌とは?- 株式市場で暗躍するアクティビストたち。2021年に入り、敵対的買収が急増
- TOB攻勢で企業側に圧力。3年間に13件の株主提案や動議、8件訴訟の集中攻撃例も
- アクティビスト暗躍の背景に、安倍政権時代の株主権利の確保や企業統治強化
いまから20年ほど前、日本の株式市場でやたらめったら敵対的買収を仕掛けるのは村上世彰氏率いる「村上ファンド」くらいだった。株式市場が欧米より硬直的で、上場企業といえど株主軽視も普通だった日本企業の経営だが、近年は激変している。かつてのライブドアや村上ファンドのように大衆に知名度のあるプレイヤーこそいないが、今年は上半期だけで、敵対的買収が前年を上回る勢いだ。
敵対的買収が急増
M&A仲介のストライクが運営するM&Aオンラインによると、コロナ禍に見舞われた昨年(2020年)、TOBの数は60件に達したが、これはその前の年(2019年)までの5年間(50→50→46→42→46)より増えている。M&A助言のレコフによると、敵対的買収は16年はゼロで、17、18年もそれぞれは1、2件と低調だったのが、19年は6件と急増。20年は5件だったが、今年は上半期だけで7件に達している。
それを裏付けるように、いわゆるアクティビストと呼ばれる「物言う株主」の動きも活発化している。アクティビスト対策を行うアイ・アール ジャパンホールディングスの調べでは、アクティビストによる株主総会への提案件数が昨年(20年)は26件。こちらもその前の年(19年)までの5年間をみても(2→5→9→13→16)と増加傾向にはあったものの、20年は突出している。
今年に入ってからの事例では、日本製鉄(日鉄)が1月に仕掛けた東京製綱の敵対的買収が時代の変化を象徴している。経済メディアでは「日本製鉄のような経団連企業でさえも敵対的TOBを辞さない弱肉強食の時代に、日本の資本市場が突入した」(週刊ダイヤモンド)と騒がれたが、残る4件の事例は、これまで通り投資ファンドを中心とするアクティビストだ。
好戦的なアクティビストの横顔
直近では石油製品販売の東証1部上場、富士興産に対するアスリード・キャピタルのTOB攻勢が注目を集めている。アスリードはシンガポールを拠点とするアクティビストだが、複数の外資投資銀を渡り歩いた日本人の門田泰人氏が設立。富士興産に対してMBO(経営陣による買収)による非公開化をめざした。富士側も買収防衛策を講じて対抗。アスリードは、当初の公開買付届出書では、TOB成立した場合も「経営は引き続き経営陣に委ね」るとしながらも、結果として、経営陣と激しい非難の応酬を繰り広げるという皮肉な状況となり、6月24日に開かれた富士興産の定時株主総会では、株主から買収防衛策発動が認められた。アスリードは7月までTOB期間を延長するなどして両者の攻防が激化した末に、総会結果などを受け、結局6月25日にTOBを撤回する見通しであることを表明した。
このアスリード、村上氏との縁が取り沙汰されている。電撃的TOBを受けて富士興産がアスリードに対して行った質問事項の中で、アスリードと村上氏の親族関係者との取引が指摘されるなど、「村上ファンド」との密接なつながりが報じられている。また、弱冠28歳にして任天堂創業家の莫大な相続遺産を有する山内万丈氏が率いる「Yamauchi No, 10 Family Office」が資金提供を行っているとされる。
また、佐々木ベジ氏率いるフリージア・グループが2月、工業用品会社で名証2部上場の日邦産業にTOBを攻勢をかけ、日邦産業は防衛策を発動。フリージア側が差し止めの仮処分を申し立て、当初認められたものの、その後、裁判所の判断は日邦産業側を支持。フリージア側が異議を申し立てる形で現在も攻防が続いている。目を引くのは佐々木氏の存在だ。ベジという名前は本名で、名前のように生い立ちもユニーク。父親は、東京・青ヶ島村の村長を17年つとめた奥山治氏(2000年、82歳で死去)。村長になる前から玄米食運動を推進した運動家だった。佐々木氏はその奥山氏の長男で、起業家として活動。1991年に経営難だった機械製造業のフリージア・マクロス(東証2部)の社長となって再建。現在は同社会長としてグループを率い、時価総額100億円以下の上場会社を中心に、いくつもの会社に触手を伸ばしている。
他方、こちらは一昨年から続く案件だが、株を買い増しして筆頭株主となり、臨時株主総会を会社側に再三開かせ、過去3年間だけで13件に上る株主提案や動議を提出するなどして揺さぶっているケースもある。アルファレオ・ホールディングス(HD)は、東証1部上場の海運会社、乾汽船を集中攻撃。株主提案だけでなく訴訟も8件起こしており、本業に専念できずたまりかねた乾汽船の経営陣は、特定の株主を対象とする「ロックオン型」買収防衛策という新手法により、対抗手段に打って出た。
乾汽船側がそうしたのは、アルファレオHDの正体に不明な部分が多いためだ。乾汽船側の開示によると、通信機器のバッファローや流通麺のシマダヤの持株会社である、東証1部のメルコHDの2代目社長、牧寛之氏が名指しされており、実質的な“黒幕”とみられている。株主権の「濫用」だけでなく、東証上場の規則により、アルファレオHDが乾汽船側に決算内容を開示する義務があっても応じないため、乾汽船側も業を煮やしたかたちだ。こちらも6月23日に定時株主総会が開かれ、新手法の買収防衛策の導入が株主に認められ、会社側に軍配が上がった。
アベノミクスの“副作用”?
振り返れば、2000年代は村上ファンドが阪神電鉄や玩具のタカラ(現タカラトミー)といった有名企業への攻勢で注目されたあと、リーマンショックを境に日本市場ではアクティビストの、特に国内勢の動きは下火になった。「復活」の契機となったのが、安倍政権下の2014年に「日本版スチュワードシップ・コード」が制定され、機関投資家による経営監視が強化。さらに15年には、株主権利の確保などを企業側が遵守すべき規範となる「コーポレートガバナンス・コード」も導入された。
そして、これらはいずれも安倍政権の成長戦略(日本再興戦略)で明記されたものだった。「アベノミクス」では株高が生命線であり、株式市場活性化策を重視していた。ベテラン政治記者の田崎史郎氏が著書『安倍官邸の正体』(講談社新書)で明かしているが、安倍首相と官房長官、副長官ら政権中枢の6人だけが非公式に集まって政権の重要課題を話し合う「正副官房長官会議」が週の前半に行われ、株価がそこでいつも話題になっていたという。
国策としての株価浮揚、その一環としてのコーポレートガバナンスの強化と株式市場の活性化。安倍政権がそれらを打ち出してから7年余りが経過。政権発足時に1万円ぎりぎりだった日経平均株価は、コロナ前には24,000円台に回復。昨年はコロナ禍で一時下落したものの、世界的な金融緩和による金余りもあって菅政権になってから株価は3万円台に一時回復した。
こうした流れにあって、往年の村上氏に比べると、“ヒール役”として小粒化した感はあるが、「暗躍」するアクティビストの頭数が増えて群雄割拠しつつあるようだ。アベノミクスの「副作用」というべきか、安倍政権の負のレガシーというべきか。いずれにせよ、ワイドショーでは取り上げられない玄人好みの戦いがきょうも株式市場で続いている。
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