外務省OB田中均氏の「日本は米中双方に自重を促せ」は正しいか

日本が将来直面する矛盾を読み解く
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 米中冷戦が激化とともに、日本の方向性について国論分裂を筆者が予想
  • 日本が米中の間をとりもって衝突回避を主張する田中均氏の論考を検証
  • 2000年代初頭の「中国穏健化」の見通しは頓挫。学者らの共通理解なし

pengpeng/iStock

日本が直面する「強烈なジレンマ」

米中冷戦が激しくなる中で、日本は近い将来に、国の進むべき方向について国論が分裂するような事態に見舞われる」……私はそのように考えている。

なぜなら、日本は国家レベルで強烈な「ジレンマ」に直面するはずだからだ。

ところが、その「ジレンマ」が具体的にどのようなものになるのか、実は外交のプロと呼ばれる人々や専門家たちの中でも、そこまでハッキリと言及している人はいない。

ただしこの事実は、国際政治や外交、それに安全保障全般に関心のある人々であれば、薄々感づいていることではある。本稿ではこの「ジレンマ」が一体どのようなものになるのかという議論を、ある雑誌に最近掲載された興味深い論考をベースに、探っていきたい。

元外交官・田中均氏の「日本の生きる道」とは?

田中均氏(Frank Thompson7522/Wikimedia=CC BY-SA 4.0)

田中均氏といえば、現在は日本総合研究所の国際戦略研究所の理事長であり、元外務審議官という、いわば「外交のプロ」という立場の人物である。

一般的には、小泉政権の日朝交渉の際に外務省の人間として、拉致問題について北朝鮮側との交渉を担当したことで有名だ。外務省をリタイアした現在も、日本外交について定期的に論評を行っている。

この外交のプロの立場の人が、最近『週刊ダイヤモンド』誌に「G7声明は中国との『衝突の序曲』なのか、日本の国益にかなう道」と題する、実に興味深い記事を書いた。日本が直面するであろうジレンマを考える上でも大変参考になるので、まずはこの記事の内容を簡潔に紹介しよう。

  • 先月行われたG7サミットだが、実は中国が強く意識されており、世界的にも「専制主義」vs「民主主義」という構図が浮き彫りになった。
  • 中国は外圧に屈しないが、経済的に行き詰まれば穏健化する可能性もある。
  • アメリカの対中強硬路線に盲目的に追随するのは、日本の国益にはならない。
  • 日本は安倍政権から始まった対中色の濃い「自由で開かれたインド・太平洋」ではなく、アメリカをアジアに関与させるという意味の昔の「アジア・太平洋」の方針に戻るべきだ。

田中氏の言いたいことを私なりに要約すると、「日本は米中の間をとりもって衝突しないようにせよ」ということになる。

私は個人的には、田中氏とは意見を異にする立場である。ただし本稿で議論したいのは、その意見の違いではない。むしろ議論したいのは、彼が論じた話、もしくは論じなかった話の中に、日本政府が今後直面するであろう大きな「ジレンマ」のヒントが隠されている、ということだ。

「中国が穏健化する条件」とは?

その「ジレンマ」は、私は以下の3つに集約されると考えている。

第1のジレンマが、中国を穏健化させる方法である。

これは田中氏の論考の中でも重要なものだが、彼は〈中国が姿勢を改めるとしたら、諸外国の圧力に屈するからではない……共産党の統治が立ち行かなくなる可能性があると考えるからなのだろう〉として、〈外圧には屈せず、むしろ内的な要因のほうが姿勢改善に決定的だ〉という見方を示す。

ところが同時に、彼は「民主主義諸国の結束した圧力」などによって〈経済成長阻害要因が重なったとき、中国は対外姿勢を再び穏健化せざるをえないと考えるかもしれない〉と矛盾したことを述べるのだ。

要するに、中国が姿勢を変えるかどうかは、外圧ではないが、でも外圧かもしれない、ということなのだ。実に矛盾している。

すでに一度頓挫した「中国変容論」

ところがこのような矛盾は、彼だけの話ではない。実は学者や実務家、そして専門家たちも、中国に対して何をすれば穏健化したり、国際的なルールに従順になったりするのかについて、コンセンサスを持っていないのだ。

首脳会談で記者会見するクリントン大統領と江沢民主席(米国務省public domain)

アメリカはクリントン政権時の2001年に中国の世界貿易機関(WTO)加盟を支援したが、その当時は「中国を世界貿易体制に組み込むことができれば、民主化して穏健化し、世界の国々にとって脅威とはならないはずだ」という思惑があった。

ところがそれ以降、中国の姿勢が世界の貿易体制に組み込まれても穏健化することはなく、仕方なく「力には力で対抗するしかない」という現状に追い込まれている。

さすがにアメリカは南シナ海の人工島埋め立てやハイテク関連の窃盗などを問題視して、トランプ政権の頃から本格的に中国に経済面から本格的に対抗するようになったが、それでも中国は穏健化などせず、さらに加速させて「戦狼外交」で世界中の国々に喧嘩を売っている始末である。

2000年代初頭の「中国穏健化」の見通しは頓挫し、中国はより強大になった。そしてその頓挫の後、「どのような条件がそろえば、中国は穏健化するのか。そのために国際社会が取るべきスタンスはどのようなものか」についての共通理解は、いまもって存在しないのである。(#2に続く

【おしらせ】 奥山真司さん監修『クラウゼヴィッツ: 「戦争論」の思想』(勁草書房) が近日発売されます。

 
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

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