北朝鮮「重大事件」発表の謎 〜 指導部内の異変を読み解く
オリンピック不参加でどう出てくる?- 北朝鮮が6月末に唐突に「重大事件による幹部刷新」を発表した思惑は?
- 幹部らの「糾弾会議」を巡る不自然な点。裏がある可能性
- 権力闘争の可能性もあるが、外敵に目を向けさせる行動に警戒を
(編集部より)ここにきて北朝鮮の動向がにわかに注目を集めています。コロナ対応や食糧難などが取り沙汰されるなかで、6月末に唐突に発表された「重大事件」の責任による幹部更迭をどう読むべきか。元自衛隊情報幹部の鈴木衛士さんが読み解きます。

金正恩総書記が「糾弾会議」
朝鮮中央通信は6月30日、「朝鮮労働党中央委員会政治局は、党と国家の重要政策課題の実行上における責任幹部の職務怠慢行為を厳正に取り扱い、(これら)幹部らの刷新による革命的な変化を成し遂げるために、6月29日に拡大会議を招集した」と報じた。また、この会議は、朝鮮労働党の金正恩総書記が主導したとし、「党や軍の主要幹部、並びに各省や地方行政の責任幹部のほか、国家非常防疫部門の専門家らが参加した」と伝えた。
この会議の冒頭で金正恩総書記は、この会議を招集した目的について、「国の重大案件を任された責任幹部が、世界的な保健の危機に備えた国家非常防疫体制について、党が決定した組織機構的、物質的、科学技術的対策に関する業務の執行を怠り、国家と人民の安全に大きな危機を発生させる重大事件を惹起した」と指摘した。
いかにも北朝鮮らしく大げさな表現ながら、要するに現在の新型コロナに関わる防疫政策に関連して一部の幹部が重大な過失を犯したため、この幹部らの責任を追及するために会議を招集したということである。この過失の具体的な内容や、幹部の階層・人数などは伝えていないが、金総書記が壇上で怒りをあらわにして前列の幹部を指して「非党行為」の重大性を厳しく糾弾している様子などから、かなり高位の幹部数人が「更迭」、もしくはその内容いかんでは「粛清」される可能性がある。
また、この会議の最後に「党中央委員会政治局常務委員、政治局委員、候補委員」の補選及び「党中央委員会書記」の選挙が行われたと伝えられていることから、これらに関わる幹部人事の入れ替えが行われたものと見られる。
仮に、実質的なトップ5である、政治局常務委員の中の(金正恩委員長を除く)崔竜海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員長、趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記、李炳哲(リ・ビョンチョル)党中央軍事委員会副委員長、金徳訓(キム・ドクフン)首相の4人のうちの誰かが今回解任されたならば、これは北朝鮮にとってかなり重大な事態が起こったということになる。
なお、7月1日にはわが国の国会に相当する最高人民会議の常任委員会総会が開催され、これを崔竜海常任委員長が主宰していることから、No.2である彼の地位に変化はなかった模様である。恐らく、この最高人民会議の総会も先の案件に関連して開催されたと考えられ、同会議内の人事に関わる任免が行われた可能性がある。
不自然な糾弾会議と金与正

それにしても不可思議なのは、30日の政治局拡大会議が行われるほんの10日ほど前には、2日間にわたって党中央委員会の総会が行われており、総会の最後には「党中央委員会政治局委員、候補委員、党中央委員会や国家機関の幹部」などに関する新たな人事が決定されたばかりであった。そして、この総会の締めくくりには、「敬愛する(金正恩)総書記同志の指導の下に行われた今回の党中央委員会第8期第3回総会は、最も厳しい環境の中でも祖国の繁栄と人民の福利のための重大な決定を下した歴史的な会議であり…(中略)…朝鮮労働党の不敗の指導力が余すところなく披露された意義深い会議で主体革命史にはっきりと散りばめ刻まれる」などと、いかに重大な会議であったかを強調していたのである。
この直後に側近らによる何らかの不祥事が発生したのだとしたら、「朝鮮労働党の不敗の指導力」は名ばかりであったことが露呈され、金正恩総書記のメンツは丸つぶれである。これを即座に政治局拡大会議を招集して日の下にさらすというのはどうも腑に落ちない。今回の「糾弾会議」は(金総書記らの)何らかの思惑により、当初から仕掛けられたものではないだろうか。

今回の会議で演壇から糾弾していた幹部の中に金総書記の妹である金与正(キム・ヨジョン)が加わっていたのもこれを裏付けているような気がする。政治局員でも候補委員でもなく党の(宣伝扇動部)副部長に過ぎない彼女が、なぜ今回やり玉に挙げられた事件(不祥事?)を掌握しており、これに関わったとされる(自分より上位である)政治局員らを糾弾しているのだろう。いくら総書記の身内とはいえ、権威を重んじる北朝鮮の会議においてこの発言は不自然だ。やはりこれには何か裏があるように思える。
北朝鮮の窮状がもたらす内部闘争
過去には、金正恩政権が誕生して間もない2012年7月15日に開かれた党中央委員会政治局会議で、政治局常務委員であった李英浩(リ・ヨンホ)軍総参謀長(次帥)が突如更迭されたほか、翌2013年12月8日の政治局拡大会議においては、金委員長の叔母の夫でもあった張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長兼国防副委員長が糾弾された上に、その議場から国家安全保衛部員によって連行されその後処刑されるという衝撃的な事例があった。
これらは、党と軍の主導権争いや、中国がらみの利権などをめぐる権力闘争が背景にあるとも言われているが、先代から政権を引き継ぐに当たり金正恩は、どんなに信頼する側近であっても、「自らの立場を脅かす存在になれば容赦なく切り捨てる」という冷徹さこそが、「金政権を存続させる鍵である」と学んできたのだろう。特に、2012年の李総参謀長のように、武力を有する軍の高官に対しては神経を尖らせているに違いない。
今回の重大事件についても、その内容は「新型コロナのクラスター(集団感染)を防止するために禁止している多人数の宴会を行った」という程度のものかも知れない。真の目的が、その人物や彼らの取り巻きを指導部層から取り除くものであるならば、このコロナ禍の中である。規則に違反するように仕向けておいて尻尾を掴み、「厳正に守るべき防疫政策に違反した」などと難癖を付けることもできるだろう。
特に、北朝鮮の現状は、米国が主導する経済制裁とコロナ禍による輸出入制限で食料や物資の不足が著しく、人民は困窮を極めている模様である。この矛先を自らに集中しないよう、スケープゴートも必要だったのではないか。指導者である金正恩自らは、ダイエットして人民とともに苦しむ演出を施し、一方で人民に寄り添わず私利私欲を肥やす輩を作り上げて糾弾する。ありそうなことだ。
問題は、過去に政治局常務委員が解任された2012年から張成沢党行政部長が粛清された2013年にかけては、長距離弾道ミサイルや核実験を立て続けに実施して強硬路線に舵を切った時期である。国内のごたごたで民心が不安定になれば、これを払しょくするために再び外敵に目を向けさせようとするかも知れない。
まもなく東京オリンピックが始まるが、北朝鮮は(正式に通知していないものの)これに参加しないと見られる。国際オリンピック委員会(IOC)は6月8日時点で、北朝鮮の東京オリンピック(五輪)不参加を容認し、すでに出場枠を他国などに割り振っている。開催国であるわが国は、決してコロナ対応だけに目を奪われていてはならない。ここしばらくは、北朝鮮の動向に要注意である。
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