博報堂時代の木下富美子都議は?元同僚の原田曜平氏「純粋な人だが悪く言うと…」

小池氏とクールビズで接点も「傍流」
SAKISIRU編集長
  • 議員辞職拒否の構えを見せる木下富美子都議の人物像は?
  • 博報堂時代「クールビズ」で小池氏と接点。官公庁案件を手がける
  • 同じ職場で5年ほど働いていた原田曜平氏「純粋な人だが悪く言うと…」

東京都議選の選挙期間中に無免許運転で事故を起こし、都民ファーストの会を除名後も辞職拒否の構えをみせる木下富美子氏への批判が鳴り止まない。新たに立ち上げた1人会派のネーミングも「SDGs 東京」とあって、ネット上では「議員活動の持続可能性を追求しているだけでは」と総ツッコミ状態だが、木下氏はどのような人物なのだろうか。

ダウンしていた木下氏の公式サイトは7日昼に復旧。ただ会派は都民ファーストのままだった

木下氏は1966年10月、名古屋市生まれの54歳。東京外国語大学卒業後の1990年、大手広告会社の博報堂に入社した。現都知事の小池百合子氏との接点ができたのは、環境相就任時に注目を集めたクールビズだ。そのキャンペーンに博報堂が関わり、木下氏はプロジェクトメンバーの一人だった。都民ファーストの会の公式サイトには木下氏へのインタビュー記事が7日午後3時現在残っているが、これによると、2012年から2年間、内閣府にも出向も経験したという。パブリック案件を手がける“エース級”人材だったのかと思いそうだが、同社の実情を知る人物は「博報堂は電通と違い、官庁を担当する人は傍流」と冷ややかだ。

木下氏は若い頃に香川県に勤務、ウィキペディアでは「同社における女性転勤の先駆」などと好意的に記述されているが、前出の人物は「博報堂は東京の仕事が圧倒的に強い会社なので地方転勤は、大阪ですら左遷に近いのが実情」なのだという。小池氏との接点こそできたものの、その勤務キャリアを見る限りは、博報堂での評価は微妙だったようだ。

原田氏「早く辞任を」

実際に一緒に働いていた人はどう見ているか。博報堂出身で、若者の消費行動に詳しい専門家としてメディア出演も多い原田曜平氏は、実は5年ほど木下氏と職場をともにし、座席も向かい合わせだったことがあるという。

当時の木下氏について「外大でスペイン語を専攻していたからかラテンのノリだった。酔っ払うとフラメンコを踊ってしまう感じ」と、豪放磊落な人柄だったという。ただ、それが諸刃の剣になることも。「ある会議で発表を準備していたものが急に流れてしまったことがあったのですが、みんなの進行を止めて強く抗議したこともありました。すごく純粋な人ですが、悪く言うと全く空気が読めない」と振り返る。

選挙中の候補者でありながら無免許運転事故を起こし、メディアの取材にも「事故当日は停止期間が終わったと勘違いをしていた」と不可解な釈明をして非難されているが、原田氏は「(木下氏の性格から)本当に悪気がなかったか、隠蔽したとしても、本当に忘れていた、ということもありそうです」と見る。木下氏に何かかける言葉はあるかと尋ねると、原田氏は「僕個人としてはまず第一に全てを投げ打ってお怪我をされた方へ精神誠意尽くす。そして、無免許での事故が起こった後、それを言わずに選挙を行ってしまったことを都民に謝罪し、できるだけ早く辞任する。そして、政治家としてではなく、第二の人生のスタートを切っていただきたいです」と結んだ。

 

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