三菱電機社長辞任:日本の製造業「過剰品質」追求の病根は?
技術革新に遅れた官民の発想- 三菱電機の杉山社長が組織的な品質管理不正で引責辞任。その背景を深掘り
- 組織ぐるみ、人的実害がない点で他社と共通。過剰品質を求められがちな構造も
- 品質管理は国益に直結。官民ともに時代にあった品質管理の体制構築を
三菱電機の杉山武史社長は7月2日、品質管理で組織的な不正を行っていたことの責任をとって引責辞任すると発表した。この「不正行為」とは、鉄道会社向けの空調装置などで取引先と交わした契約とは違った方法で検査をしたり、検査を省略したりしていたというものだ。製品によっては40年近く「不正検査」が行われていたものがあるという。
「品質不正」共通の構造
2017年にも似たような「品質不正」問題が神戸製鋼所で起こった。同社はアルミや銅製品で顧客と合意した品質基準のものを提供しておらず、しかも数十年前から品質データを改ざんしていたというものだ。この事案には捜査のメスが入り、不正競争防止法違反(虚偽表示)の罪で19年3月、法人に対して罰金1億円の判決が下った。
両社の事案には2つの共通性がある。長期間にわたって組織ぐるみだったということと、顧客側に人的被害などの実害が出ていないということだ。長年不正をやっていても誰にも迷惑が掛からなかったので、やり続けたと受け取ることもできる。
表現は適切ではないかもしれないが、この問題をかみ砕いて表現すれば、顧客との間では「上ロース」を提供することになっていたが、「並」でも顧客が求める味が十分出せたので、「並」を「上」と偽って供給し続けたが、それによって「食中毒」が発生したわけではない、ということだ。
断っておくが、筆者は三菱電機や神戸製鋼所を擁護する気などさらさらない。顧客との契約を破ったのだから、それは背信行為であり、言語道断だ。しかも三菱電機では近年、パワハラ自殺や情報漏洩の問題が起こったり、神戸製鋼所ではかつて総会屋への利益供与事件が起こったりと、両社は不祥事常連企業だと言っても過言ではない。組織風土に何らかの問題があることは間違いないだろう。
しかし、この両社で起こった品質問題を、単に組織風土の問題として終わらせていいものなのか、と筆者は疑念を抱いている。その疑念は、顧客との契約内容にある。実態と合わない古い契約がそのまま継続されていたのではないか、納入価格や納期は適正だったのか、といった視点でチェックする必要があるのではないか。さらに、必要以上の過剰品質が求められていなかったのかも確認する必要があるだろう。
筆者がこうしたことを指摘するのは、一般論としてサプライチェーンの頂点にある企業や、サービス基盤を提供するプラットフォーマー企業といった立場の強い組織は、品質、価格、納期などの面で強い立場で取引先と契約できるからだ。
そうした要求が無理難題であったとしても、取引先は立場の強い企業の指示に従順に従わなければ契約を切られるリスクがある。一方で、そうした指示に従っていたら、収益が出なかったり、従業員に過酷な労働条件を敷いたりと、経営に大きな負担がかかり始める。だから、「実害」が出ないのであれば、契約を無視した品質管理を行ってしまうのではないか、と筆者は問題提起したいのだ。
品質問題の本質は“時代遅れ”
繰り返すが、契約違反や虚偽表示は決して許されることではない。しかし、なぜ起こるのかを突き詰めて考えないと、同じような問題が繰り返し起こってしまうだろう。
三菱電機は納入先である鉄道会社、神戸製鋼所は納入先である自動車メーカーなどとの契約が本当に適正な内容だったのだろうか。筆者が言いたいのは、品質問題はサプライチェーン全体で総点検していかないと、真の原因は見当たらないということだ。さらに言えば、三菱電機、神戸製鋼所ともに大手メーカーであり、多くの下請け企業と取引がある。両社自らが下請け企業に対して適正な納期と価格と品質を求めているかを確認する必要があるだろう。

度重なる日本企業での品質問題を政府も国家の問題としてとらえる局面にある。神戸製鋼所の事案と同じ17年に発覚した日産自動車における完成車検査における不正問題を思い出してほしい。この不正は、無資格者が工場で完成車を検査しており、それが1951年に制定された道路運送車両法に基づく通達「自動車型式実施要領」に反していたというものだ。実施要領の内容をみると、亀裂や取り付けの緩みなどを確認するためのハンマーを用いた動力伝達装置の検査、窓ガラスの視認…といったもので、日本の自動車メーカーの品質が悪かった時代の名残だ。
この無資格検査によって、品質不良のクルマを売った事例は出ていない。理由は明快だ。多くの日本の自動車メーカーでは「自工程完結」という発想を進化させ、品質は各製造工程で造り込み、下流工程に不良品を流さないという大原則がある。このため、最終検査段階で安全にかかわるような不具合が出ることはまずない。しかも、資格者になる要件が、法や通達で決まっているわけではなく、メーカー任せだった。海外ではこうした規制がないため、日産では同じ生産工程で製造するクルマでも、国内市場向けは出荷が止まり、輸出車両の出荷は止まらなかった。
通達を破った日産は悪い。しかし、古い通達をそのまま後生大事に守り続ける国交省にも大きな問題があるのではないか。技術革新の流れが速い今、モノ造りの在り方は時代とともに変化する。たとえば、自動車業界で注目されているキーワードの一つが「バーチャル・エンジニアリング」だ。ものづくりのプロセスでバーチャル・リアリティ(VR)の技術を使うことで、現物での試作を減らしても性能や安全性が確認できる。こうした技術の導入により、開発期間を短縮できる。しかし、今の国交省の考えだと、こうした手法で製造したクルマの安全性を認めない可能性があるのだ。
三菱電機、神戸製鋼所、日産の「不正」から浮かび上がってくることは、日本では品質に関する発想が官民ともに時代遅れになりつつあることだ。品質は製造業だけが意識すればいい話ではない。すべての産業にかかわる話だ。たとえば度重なるみずほ銀行のシステムの不具合は立派な「経営品質」問題だ。
品質は「国益」に直結する
産業だけに限らず行政にも品質管理の概念は不可欠だ。新型コロナウイルスのワクチン接種で、国は約9000万回分自治体に発送しているのに、約5000万回しか接種されず、約4000万回分が在庫になっていると見られる。これも、国民の需要に適切に対応できない行政システムの「品質問題」と言えるだろう。モノづくりの在り方と同様に、あらゆる産業や行政でも時代とともに仕事の進め方は変化する。それに合わせて「品質管理」についての考え方も変えていかないといけないはずだ。
日本の品質管理の原点は、マッカーサー元帥にあったことはほとんど知られていない。戦後、日本に民主主義を普及させるに当たって日本製のラジオと電話機の品質が悪いことを問題視し、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が1949年、通信機器メーカーの経営層を集め、品質向上について学ぶ講座を開いたことに始まったとされる。開講の冒頭では「会社の存立理由は何か」と問題提起されたそうだ。

その後、50年に米国からW.E.デミング博士が来日し、統計学を用いた品質管理の手法を日本に伝授し、品質管理に関して優れた活動をしている企業に贈られる「デミング賞」が創設された。こうした取り組みを契機に「メイド・イン・ジャパン」は世界一の品質の代名詞となっていった。
日本の製造業の力は米国を抜き去った。これに焦った米国はレーガン政権下の1987年、「米国国家経営品質賞」を創設し、製造業の再建を図った。同賞は当時の商務長官名を取って「マルコム・ボルトリッジ賞」とも言われた。品質は「国益」に直結することから政府内に統合的な品質戦略を推進する部署を置くべきだ。日本は国家戦略として「品質」を真剣に考える局面にある。
すでに民間では動きが出始めている。JISを管轄する日本規格協会グループや日本品質管理学会、日本科学技術連盟など5団体が業界横断的に「日本品質」の再建を目指して、来秋にもバーチャル組織の「JAQ(日本品質協議会)」を創設する計画だ。
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