保守派が猛反対 LGBT法案「差別を許さない」文言は本当に危険か

トランスジェンダーだけど法案に反対した研究者に聞く #2
2021年07月20日 06:00
ライター・編集者
  • 見送られた法案の「性自認」の定義の問題。「再修正の必要」と三橋さん
  • 朝日新聞などの推進派が本当に条文を読んで理解しているのか
  • 保守派の「差別を許さない、との文言が危ない」は妥当なのか

#1はこちら

先の通常国会で提出が見送られたLGBT法案を巡るニュースで、あまり論じられなかった本質的な問題について、引き続きトランスジェンダー研究者の三橋順子さんに聞きます。(3回シリーズの2回目)

nito100/iStock

日本語がこなれていない条文

――賛否両論、激論になっているLGBT理解増進法案。三橋さんは法案上の「性自認」の定義に問題があると指摘しています。

三橋 はい。公明党の谷合議員が「リーク」した条文によれば、法案の第二条で「性的指向」と「性自認」の定義が定められています。それによると、条文はこうなっています。

〈第二条 この法律において「性的指向」とは、恋愛感情または性的感情の対象となる性別についての指向をいう。

2 この法律において「性自認」とは、自己の属する性別についての認識に関する性同一性の有無又は程度に係る意識をいう〉

問題はこの2項の「性自認」の定義です。ここには「性自認」「性同一性」と両方の言葉が出てきていますが、「性自認」も「性同一性」もいずれも英語の「ジェンダー・アイデンティティ」の訳語ですから、置き換えると「『ジェンダー・アイデンティティ』とは、自己の属する性別についての認識に関する『ジェンダー・アイデンティティ』の有無又は……」となってしまいます。つまり、循環定義になってしまっているのです。それに日本語としてもかなりマズい。

ですから、この条文は再修正する必要があると思います。#1でも述べたように「ジェンダー・アイデンティティ」を訳さずそのまま使い、定義する際には、たとえば「この法律において『ジェンダー・アイデンティティ』とは、自己の属する性別についての持続的な確信をいう」とすべきでしょう。

「持続的確信」という文言は、「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」の第二条の定義にもすでに使われていますから、法律としても整合性が取れます。

法律には功罪両面がある

Boomachine/iStock

――LGBTについて一般的な理解を促進しよう、そして差別をなくそうというのが法理念ですが、法律である以上、条文自体がきちんと「性自認(性同一性)」を定義する必要がありますね。

【三橋】法案推進派は、本当に条文を読んでいるのか、かなり疑問です。条文を読んでないで推進しているとしたら、かなり無責任です。特に推進する方向で記事を書いている朝日新聞や毎日新聞の記者は、第二条の「性自認」の定義を読んで、すんなり理解できたのか、何ら疑問を感じなかったのでしょうか。

推進派の中には「今回は理念法だから、定義はざっくりでも大丈夫」とか「とにかく法案を通すことが大事」と考えている人が多いようですが、法律というのは、一度成立してしまうと、そう簡単に変えられるものではありません。

私の世代の研究者や当事者たちは、2003年の「性同一性障害者特例法」の制定に関わっていて、法律というものは、それによって救われる人がいる側面と、法律制定時点での状況を固定化してしまう作用があることを、身をもって知りました。

「性同一性障害者特例法」が制定された段階で、日本のトランスジェンダーについての認識は、欧米に比べて一周遅れでした。翌2004年には、イギリスで「必ずしも手術を要件としない形の性別移行法」が成立して、日本は性別変更の要件に性別適合手術を法律で規定している最後の国、二周遅れになってしまいました。その後、2008年に要件の一部の改定がされましたが、抜本的な見直しはできないまま、二周遅れの状態が現在まで固定化されているのです。

議員立法はあまり小回りが利かず、全党合意が原則であることもあって、法案成立後も状況の変化に応じて修正を重ねていくということが難しいのです。そのことを知っているからこそ、成立前の時点で法案の内容をしっかり詰めて、定義を固めておく必要があるのです。

一方で私が恐れているのは、「反対派からも突かれたし、定義が難しいから『性自認』は法案から落として、『性的指向』に関する理解増進だけに限定しよう」ということになることです。トランスジェンダーは同性愛者に比べてさらに人数が少なく、LGBT団体の中での発言力が弱いですし、LGBとTというのは質的にも違います。

アメリカでは一部で「LGBTからTを落として運動を展開しよう」という「ドロップ・ザ・T」という動きもあるくらいで、推進派LGBの一部が反対派と結びついて、トランスジェンダーが法案の対象から外される事態になることを危惧しています。

Motortion/iStock

「差別を許さない」は危ないのか?

――もう一つ、保守派からの反対論としては、「差別を許さない、との文言が危ない」との指摘があります。「何を差別と見なすか分からないのに、条文に『許さない』と書いたら、ふとした発言が差別と見なされ、訴えられて裁判沙汰になる」などという危惧です。

【三橋】そうした指摘は根本的に間違っていると思います。差別の定義は確かに条文に明確に盛り込まれてはいませんが、「差別とは何か」については、例えば障害者差別禁止法などもありますし、判例が積み重なっていますよね。

そもそもの話でいえば、誰もが憲法によって、法の下の平等を保障されている。その大枠があるにもかかわらず、特定のカテゴリの人たちに対する差別が現実に存在しているから、理解を促し、差別をなくそうというのがこの法案の理念です。そもそも平等であるはずなのに、さらに「差別をなくすために理解を促進する法律」を作って屋上屋を重ねるのかという思いはあります。

しかし、反対派には「差別が禁止されたら困るんですか」と聞きたい。そう尋ねれば「まさか、そんなはずないだろう」と言うでしょうが。「ではなぜ『差別は許されないものである』という法案の理念に反対なのですか」という話になってきます。やっぱり、差別ができなくなったら困る、ということでしょう。(#3へ続く

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