安倍前首相「『国債は子供たちの世代にツケ』は正しくない」は正しくない
財政ファイナンス「公言」に唖然- 安倍発言「『国債発行は子供たちの世代にツケを回す』という批判が間違い」が話題
- 藤巻氏「元首相が『財政ファイナンス、財政法第5条違反」を公言したようなもの」
- 「安倍首相はマーケットの恐ろしさを理解していない」藤巻氏、インフレリスク懸念
安倍晋三前首相が7月10日に新潟県三条市内で行った時局講演の内容がユーチューブ上で話題になっていて再生回数も多かったようだ。そこで、私のコメントが聞きたいとツイッターに書き込みがあったので、視聴してみた。私がワードのディクテーション機能でメモした限りでは以下のような内容だった。
禁じ手の財政ファイナンス公言
安倍前首相は次のような内容を述べていた。
「『国債発行は子供たちの世代にツケを回す』という批判があるが、その批判は正しくはないんです。なぜかというと(略)政府日本銀行は連合軍でやっていますから政府が発行する国債は 日本銀行がほぼ全部買い取ってくれています。皆さん、どうやって日本銀行が、この政府の出す巨大な国債を買うと思います?どこからかお金を借りてくると思っているんです。それは違います。紙とインクでお札を刷るんですよ。20円で1万円札ができるんですから」。
要は「国が借金をしても子孫にツケは回らない。なぜなら、中央銀行が新しい紙幣を刷って借金を賄っているからだ」ということだろう。驚いた。これは、まさに黒田東彦日銀総裁、岩田規久男元日副総裁、麻生太郎大臣たちが詭弁を使ってまでも、必死になって否定している「財政ファイナンス」を、元首相が「日本は財政ファイナンスを行っている。財政法第5条違反をしている」と公言したようなものだからだ。財政ファイナンスとは、「中央銀行が政府の財政赤字を紙幣を刷ることによって穴埋めする」ことを言う。
黒田日銀総裁、岩田元日副総裁、麻生太郎大臣は、日銀の巨額国債買い入れは「あくまでもデフレ脱却目的の金融政策のためであり財政支援のためではない。だから財政ファイナンスではない」と否定されている。もっとも私は国会で、「失火であろうと放火であろうと家が燃えているとの歴然たる事実があればそれは火事。発火の原因とか目的で『火事か否か』が決まるわけではない」と反論していた。それでも彼らはかたくなに財政ファイナンスとは認めなかった。それは、財政ファイナンスと認めれば「財政法第5条」違反になってしまうからだ。それを前首相は「日銀が国の資金繰りを支援している」と財政法第5条違反を認めてしまったのだ。
なぜ各国で禁じ手なのか
2015年2月27日の閣議で政府は「日銀による巨額の国債買い入れは財政法第5条に『抵触するものではない』との答弁書を決定している。答弁書では「現在の日銀の国債買い入れは、2%の物価安定目標の実現という金融政策を目的に「日本銀行が自らの判断で、市場で流通しているものを対象に実施しているものだから」と黒田総裁と同様の理由づけをしている。その時の首相が安倍氏だったにもかかわらず、だ。
財政ファイナンスは日本だけでなく、先進国のすべてが禁止している、それも、どこか1か所に集合して、「禁止しましょうね」と合意して、禁止にしたのではない。各国が独自の判断で禁止規定を導入したのだ。それは「民間の反感を買いながら税金を集めるより、紙幣を刷って歳出を賄う方が政府はよほどに楽だ。その結果、紙幣の刷りすぎでハイパーインフレを引き起こした」という苦い歴史から作ったものなのだ。
前首相の法律違反発言を万が一国会が取り上げて紛糾したとしても、国民生活への直接的なダメ―ジはそれ程大きくないのかもしれない。(もちろん法治国家の体をなしていないのなら長期的ダメージは莫大だ)
しかし、黒田日銀総裁が、日銀の大量国債を、かたくなに「財政ファイナンス」と認めなかったのは、財政法違反という観点だけからではないだろう。もし、中央銀行総裁がそれを認めれば、さすがに、それを契機に、円の信用が地に落ち、ハイパーインフレ一直線となると警戒しているからに違いない。
今、日本では、マスコミもマーケットも「財政ファイナンス」という言葉に鈍感になっているが、私が金融マンの頃なら、間違いなく中央銀行総裁が「財政ファイナンス」を認めれば、円暴落は確実に起きただろう。世界では今でも繊細のはずだ。今の米国でも、もし、パウエルFRB議長がそう発言すればドルは暴落すると思う。
「青酸カリをもっと飲もう」と同じ
かつての日銀は自発的に 「発行銀行券ルール」というルールを定めていた 。「日銀が保有する長期国債を日本銀行券発行残高以内に収める」という内容だ。それは日銀が保有する 長期国債の残高が日本銀行券発行残高を超えると世間から「日銀がやっていることは財政ファイナンスだ」と思われてしまうことを恐れたからだ。日銀自身が、そう説明していたしマーケットもそう理解していた。
このルールは自然消滅してしまったが、かってマーケットも日銀も最大限に警戒していた事項にマーケットが全く無視するようになったとは思えない。世界の投資家がそのリスクにいつ、再度目覚めるかはわからないのだ。目覚めた時の衝撃はすさまじいものだと思う。
安倍前首相は、この講演の後半で、現在やっているオペレーションには2つのリスクがあると認めている。「1つはお金の刷りすぎでインフレになるリスク。2つ目が円が暴落するリスク。しかし今、そんなことは起きていない。だからコロナ禍に対処すためさらなる財政出動をするべきだ」とおっしゃっている。しかし、それは「青酸カリを飲んでいるが、まだ死んでいない。だから、もっと飲みましょう」と同じロジックだと私は思う。そしてそれ以上に、万が一、安倍氏が、首相の時に、外国人記者クラブで「今、日本がやっていることは財政ファイナンス。まだ副作用が起っていないから、もっとやりましょう」などと演説したのならば、その瞬間に円は大暴落、「やはり歴史は繰り返す」と言われたに違いない。
安倍前首相はマーケットの恐ろしさを理解していない。政治が解決できない問題(=財政赤字問題)は市場の反乱ということで、解決されることになるのだろう。しかし、それは市場が悪いのではなく、歴史に学ばなかった人災なのだ。
「米国はじめ他国も同じような財政ファイナンスをやっているではないか?」との反論をされる方がいるかもしれない。しかし、国債発行残高の50%をはるかに超えて所有している日銀は世界でもその規模においてとびぬけた存在なのだ。この1年間で23%と急激に保有額を増やした米国FRBでさえ現在発行残高の20%超しか米国債を所有していない。日本を「炭鉱のカナリヤ」として見ているのである。そしてかの地では「これは財政ファイナンスではないか」との議論が巻き起こっている。
他国は、日銀がこけたら、急速なテーパリングで危機回避をしようと、日銀の財政ファイナンス状況を注視しているに違いない。要は、日本は「炭鉱のカナリヤ」であり、その中での安倍前首相の認識は、あまりに危険なのである。
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