北朝鮮は今、日米の出方を見極めようとしている
1年ぶりミサイル発射を読み解く- 元空自情報幹部が、北朝鮮のミサイル発射再開を巡る分析
- 3月まで発射自粛は米国の政権交代、コロナの北朝鮮への影響が背景
- 実際に東京五輪不参加なのかも注目。五輪巡る外交が大きな岐路に
ひと月ほど前の3月25日、北朝鮮は新型と見られる(短距離)弾道ミサイルを発射した。これは約1年ぶりのことであった。
北朝鮮は、2019年2月にベトナムで行われた米朝首脳会談が物別れに終わって以降、「弾道ミサイル」に該当しないと(トランプ米大統領が認めた)短距離弾道ミサイルや超大型ロケットなど、新たに開発したミサイルの発射を毎月のように繰り返すようになっていた。これは、米国が認める範囲の新型弾道ミサイルを発射し、この開発を推進させるとともに、ミサイル開発を加速させる姿勢を示すことで米朝協議の進展を促す狙いがあったものと考えられる。
一方で、昨年(2020年)3月以来、なぜ1年近くもミサイル発射を停止していたのか。これには大きく2つの理由があったと考えられる。
米国内の事情
その一つは、米国の政権交代に伴う情勢である
2020年は米国で大統領選挙が行われ、この結果に納得しないトランプ元大統領やその支持者が各地で暴動などを生起させ、米国内は騒然としていた。折しも、新型コロナによるパンデミックで多数の米国民が苦しむ中でのこの醜い政権交代劇は、国際社会における米国のイメージを甚だしく失墜させる結果となった。
このような時期に北朝鮮がミサイル発射を頻発させても、完全なる政権の移行と早期安定に躍起になっているバイデン新政権には、外交に注力するような余裕はなく、「新たな協議に結び付くような結果は期待できない」だけではなく、場合によっては外敵によって国民を団結させるべく旧または新政権の政治的プロバガンダに利用されて、「対北朝鮮強硬路線が一気に加速し、軍事行動につながりかねない」、と北朝鮮首脳部が危惧したことが考えられる。
北朝鮮国内の事情
もう一つの大きな理由は、新型コロナの世界的パンデミックに起因する北朝鮮国内の事情である。
北朝鮮では未だに新型コロナの感染者はいないとされているが、実際にはかなり早い段階(2019年末ごろ)から中国経由でこれに感染した患者が出始めていた可能性がある。これが中国から寄せられた情報により、新型コロナウイルスによる感染症の疑いがあると察知した時点で、高度な医療体制が整っていない北朝鮮はこの拡大を極度に恐れ、どの周辺国よりも早く2020年初めには中朝国境を封鎖してこれを食い止めようとした。
これまで度重なる経済制裁の影響で、様々な生活物資の調達に支障をきたしている中で、唯一頼みの綱である中国との国境を封鎖するのは、北朝鮮にとって深刻な打撃となるのは明白であったろう。にもかかわらず、このような措置を断行しなければならなかったところに、北朝鮮の脆弱性が窺える。
そして、この感染症は、手段生活を基本とする軍隊にも当然ながら影響を及ぼしたと見られる。各軍に対し、極力活動を控えて防疫体制を万全にするよう指示したのは間違いなかろう。しかし、これだけでミサイル発射を控えるとはとても思えない。10月には大規模な軍事パレードも実施している。ミサイル発射を行う計画があれば、多少のリスクを冒してでも実施したであろう。
では、ミサイル発射を抑制していた事情はどこにあるのだろう。
金正恩委員長の決断
結論から言うと、金委員長は新型コロナの世界的パンデミックによって国際関係が停滞したのを契機として、経済的自立を目指した国内体制の立て直しに本格的に取り組もうとしたものと考えられる。
これは、前述した2019年2月の米朝首脳会談における交渉決裂を受け、米国との交渉の長期化も見据えて経済的自立の実現に全力で取り組む決意をしたということなのであろう。
2020年は、4月に朝鮮労働党最高人民会議を招集したのを始めとして、月に1回ないし2回のペースで党の重要会議を開催し、金委員長自身もこれに出席している。このようなことは今まで例がなかった。そして、2021年に入り1月5日から8日間にわたって朝鮮労働党大会を開催し、ここで金委員長は米国に対する対決姿勢を鮮明にすると同時に、核抑止力をさらに強化する意向を表明した。大会終了後の14日には、軍事パレードでこの抑止力に該当すると思われる各種弾道ミサイル等を公開した。
この3月に発射された弾道ミサイルも、この時に披露したものだ。そもそも、開発中のミサイルを試験用のマーキング(黒と白の市松模様)のままパレードで披露するのはこの国くらいのものだ。普通は試験開発中のミサイルはなるべく隠ぺいし、実戦配備したときに始めて披露するものである。つまり、北朝鮮は「今後これらのミサイルの発射試験をするぞ」、「協議が進展しなければわが国の核戦力はどんどん進化するぞ」とアピールしているのである。
北側、もう一つの「事情」
今後このパレードで披露したミサイルを次々と発射して行くつもりなのだろう。しかし、一方で北朝鮮の国内事情が深刻な状態に陥っているのは在北朝鮮のロシア大使館がSNSで暴露したように、駐在する外交官が同国から逃げ出していることからも明らかである。
金委員長が本音のところでは何とか経済制裁の緩和にこぎつけたいと思っているのは間違いない。長距離弾道ミサイル(ICBM)の発射に踏み切るにはそれなりの覚悟が必要であり、バイデン政権の対応をしっかりと見極めてから決断することになるだろう。
また、この3月以降もミサイル発射を抑制しているのにはもう一つの事情があると筆者は考えている。それは、今年夏に開催される予定の「東京オリンピック」である。
北朝鮮は、開催国であるわが国や米国の対応(一時的な制裁緩和や財政支援等)次第では、それなりの形で参加しようと考えている可能性がある。この打診を待っているのではないか。
北朝鮮体育省が4月5日付のウェブサイトで不参加を表明しているが、これは日米韓などの対応を引き出すための呼び水であろう。最終的に金正恩委員長が不参加と言わない限りこれは決定ではない。わが国もこれを踏まえて、東京五輪開催国としてどのような外交戦略を行うのか早急に決めて実行に移すべきである。
「コロナ後」の世界情勢にとっても、この東京オリンピックの開催とこれにまつわる外交は大きな岐路となる可能性を秘めていると筆者は考えている。
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