「一身上の都合」オリオンビール社長、謎の退任劇の背景
沖縄の自立を阻む酒税軽減措置をめぐる攻防 #1- 沖縄の「オリオンビール」で早瀬京鋳社長が就任2年で謎の退任
- 早瀬氏は経営改革を見せたが、背景に浮かぶ「酒税軽減措置」の問題とは
- 酒税軽減措置は廃止論が優勢。早瀬氏と泡盛業界との間で思惑が対立か
沖縄を代表する企業であるオリオンビールは、2019年7月、社長に就任した早瀬京鋳(はやせ・けいじゅ)氏の体制下、県内シェアの拡大、県外への展開、さらには上場を目指す経営に舵を取り、次々斬新な経営戦略を打ちだしてきたが、就任2年で、旗振り役の早瀬氏が突如退任してしまった。その背景には一体何があるのだろうか?

沖縄特例の酒税軽減措置
オリオンビールといえば、ラベルを見ただけで、沖縄の眩しい日差しと柔らかな海風を思い出させる沖縄ブランドの代表格である。だが、このビールが、沖縄特例の酒税軽減措置によって生きながらえてきた企業であることはあまり知られていない。
沖縄特例の酒税軽減措置とは、1972年の本土復帰の際に沖縄の酒造業を保護するために設けられた制度である。県内で製造され販売されるビールと特産品の泡盛の酒税率を最大で60%軽減する措置だった(現在はビール20%、泡盛35%という軽減幅に縮小)。現行の酒税法を基準にすると、本土他社に比べ350mL缶あたり約14円、泡盛でいえば他県産の焼酎に比べ1升(1.8リットル)あたり約190円、小売値が安くなる計算だ。ただし、ビールも泡盛も県外に出荷される場合軽減措置は受けられない。同社の県外展開が本格化したのは2010年代からだが、この措置が長いこと県外展開の障害になっていたことは否めない。
落ちこむ市場占有率
オリオンビールの創業は1957年、販売開始は1959年である。創業者の具志堅宗精(1896〜1979)は立志伝中の人物で、1970年代には県内ビール市場の90%のシェア(市場占有率)を誇る無敵のビール会社に育て上げた。90年代に入るとシェアは落ち込んだが、それでもまだ70〜80%のシェアを維持していた。ところが、90年代後半になるとシェアは下降の一途をたどり、2000年代には50%程度まで落ちこんだ。現在のシェアは44%と最盛期の半分以下だ。
沖縄では、酒税軽減措置があるにもかかわらずオリオンのシェアが下降したのは、「本土のビール会社の販売攻勢に打ち勝てなかったからだ」といわれている。まるで本土のビール会社が、資本力にモノをいわせて弱者であるオリオンビールを苛めてきたかのような言い分だが、実態は違う。本土のビール会社は、本土企業にとって圧倒的に不利な沖縄での競争条件と闘いながら、経営努力・営業努力によってシェアを伸ばしてきたのである。苛められてきたのは本土のビール会社であってオリオンビールではない。
逆にいえば、オリオンビールは、自社にとって有利な競争条件を十分に活かせなかったからこそ、シェアを落としてきた。言い換えると、酒税軽減措置にあぐらをかいた経営のせいで凋落したのである。

創業家の影
実際、沖縄経済界では、2019年まで創業者である具志堅の一族が経営する有限会社幸商事がオリオンビールの経営を左右してきたことは広く知られている。幸商事の持株比率は8%程度だったが、オリオンビールの経営幹部は創業家に頭の上がらない子飼いの社員たちが務め、創業家から取締役も受け入れてきた。浦添市にあるオリオンビールの本社ビルも幸商事の所有物件であり、オリオンビールの物品調達契約や保険契約などの一部が、幸商事の息のかかった企業と交わされることもあったという。
2010年代になってオリオンビールの経営に旨味がなくなり始めると、幸商事は、自身の身売りと保有するオリオン株の高額での売却を望んだ。紆余曲折を経て、2019年初頭、アメリカに本社を置く投資会社、カーライル・グループと野村証券系の野村キャピタル・パートナーズが共同で出資した会社がオリオンビールの株式を引き受け、幸商事も買収することになった。これによって創業家は数十億円の現金を手にしたといわれている。
新社長の高い手腕
新生オリオンビールの社長として選ばれたのは、外資系小売業の日本法人の代表を務めていた早瀬京鋳氏だった。このニュースが伝わると沖縄県内では、「カーライルと野村は、オリオンビールの所有する不動産を売却して甘い汁を吸い、痩せ細って残ったオリオン本社もどこかの企業に売り飛ばす算段だ」という批判があちこちから巻き起こった。
こうした批判を気にしてか、2019年7月に社長に就任した早瀬氏は、沖縄という地域性を尊重した経営方針を取ることを明言する一方、次々と新手を打った。eコマースの大幅改善などを通じたマーケティング戦略や企業イメージの再構築を推進し、「県内シェア55%の回復」と「5年以内の株式上場」を目標に、生ビールの風味を刷新し、プレミアム商品(75クラフトビール)や県産大麦などを使った缶酎ハイ「ワッタ」を市場に投入した。コロナによる打撃で業績は低迷したが、これまでにはない素早さで打ちだされる斬新な戦略・戦術に対する評価は高かった。
突然の退任の背景
ところが、就任後2年も経たない今年6月、早瀬氏が社長を退任することが唐突に発表された。記者会見では「一身上の都合」が強調されたが、退任が社内にもほとんど知らされておらず、発表後もインタビューをほとんど受けていないこともあって、さまざまな憶測を呼んでいる。新潮社のネットメディア「デイリー新潮」は、「女性問題ではないか」と邪推しているが、これが退任の主たる理由とは思えない。
では、早瀬氏はなぜ退任したのか。その謎を解き明かすにあたり、先に触れた沖縄特例の酒税軽減措置を思いだしてもらいたい。この措置は、オリオンビールに多大なる利益をもたらしてきた。経済学上、減税は補助金と同じ効果を持つから、酒税軽減措置はオリオンビールの利潤形成に大きく寄与してきた。同社の場合、年間15億円から30億円ほどの純利益を計上してきたが、軽減措置が同社にもたらす恩恵も年間20億円前後に上る。つまり同社の純利益は酒税軽減措置によって稼ぎだされた儲けといっても言い過ぎではない。だが、これが経営判断の遅れや県外展開の障害となってきたことも事実である。

ところが、ここに来て酒税法が大きく変わりつつある。周知のようにビール系飲料は、麦芽比率や副原料比率によって別個の税率が定められている。ところが、2026年10月にはこうした区分が原則的に取り払われ、ビールの税率は現行の350mL缶1缶あたり70円(昨年9月までは77円)から、1缶あたり約54円まで段階的に引き下げられる。軽減措置が続いたとするとオリオンビールの税率は350mL缶1本あたり約43円となり、軽減額は11円(現行14円)になる。これによって、オリオンビールが沖縄特例の酒税軽減措置を通じて享受してきた利益は今後縮小する一方だから、軽減税率の廃止を前提に将来の経営計画を立てたほうが効率的だ。
沖縄特例の酒税軽減措置は、1972年の導入時に「期間5年」という前提で始まったが、その後今日にいたるまで2年から5年ごとの延長が繰り返されている。これは、オリオンビールと泡盛業界が、節目ごとに政府に対して積極的なロビー活動を展開してきた「成果」である。その間にオリオンビールと泡盛業界が得てきた利益は合計1000億円超えるといわれている。目下、2022年に始まる予定の新しい沖縄振興計画の策定に併せ、酒税軽減措置延長の是非について政府部内や自民党内で議論されているが、今のところ廃止論が優勢だ。だが、これには沖縄の側からの反発は強い。
泡盛業界との確執が原因?
実は去る6月10日に、早瀬氏は自民党沖縄振興調査会(小渕優子会長)にオンラインで参加して酒税軽減措置の延長問題に触れ、「5年で卒業ということを考えている」と述べている。これに対して、同じくオンラインで参加した沖縄県県酒造組合(泡盛業界)の佐久本学会長は、「10年くらいかけて『サンセット』という覚悟は持っている」と述べた。税率を段階的に引き下げ10年後に廃止するという考え方だ。
期間5年と期間10年ではまるで違う。軽減税額に直せばおそらく数十億円の収入差となって現れる。近年では、不調がつづく泡盛業界のほうから軽減措置の延長が強く求められているが、早瀬氏の「5年で卒業発言」が泡盛業界を慌てさせた可能性は強い。
泡盛業界のある関係者は、「沖縄に来て2年も経たないナイチャー(本土の人間)の素人が何を偉そうに。酒税軽減措置はわれわれ(泡盛業界)の生命線だ。オリオンビールという新参者が数百年の伝統ある泡盛業界に喧嘩を売るなんてそれこそ100年早い」と息巻いていたが、早瀬氏に業界として抗議したか否かは定かではない。
だが、早瀬氏の退任発表は6月28日のことだ。6月10日の「5年で卒業発言」以降、早瀬氏に対して泡盛業界から有形無形の圧力があったとしてもおかしくはない。酒税軽減措置からできるだけ早く脱したいオリオンビールと、軽減措置をできるだけ長く続けたい泡盛業界との温度差が、早瀬氏退任の引き金になったのではないか。少なくとも筆者はそう確信している。
次回は、この軽減措置に関連して、泡盛業界の抱える問題点に触れてみたい。(記事はこちら)
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