北朝鮮:軍トップ3本柱降格、金正恩流「回転ドア人事」を読み解く

クーデター誘発もあり得る危険な人事をする理由
元航空自衛隊情報幹部
  • 金日成参拝行事の画像から軍トップ3人の「降格人事」が判明。金正恩氏の狙いは?
  • 金正恩体制になって軍高官の降任や再昇任が相次ぐ。「金正恩の回転ドア人事」とも
  • 軍高官を辱める人事は遺恨を残す危険な行為だが、今回の降格人事が意味することは

7月8日の拙稿「北朝鮮『重大事件』発表の謎 〜 指導部内の異変を読み解く」で取り上げた金正恩による幹部の糾弾事案に関連して、8日に行われた金日成(キム・イルソン:金正恩の祖父で北朝鮮の初代国家指導者)命日の恒例行事である錦繍山太陽宮殿参拝時の集合写真から、更迭された高級幹部が一部判明した。

深謀遠慮の降格人事

これによると、最前列に並ぶべき北朝鮮トップ5の1人が欠落しており、本来ここに居るべき李炳哲(リ・ビョンチョル)政治局常務委員(党軍事副委員長)が、2列後ろに後退していた。2ランク程度降格(政治局常務委員から政治局員候補へ)されたものと見られる。また、2列目の軍服姿の軍人のうち、最右翼に並ぶべきはずの朴正天(パク・チョンチョン)総参謀長(政治局員:元帥)が最左翼(4番目)に位置しており、その階級章を見ると次帥へ降任されていることが分かった。

さらに加えて、2列目の軍服姿の右から2番目に居るべき金正寛(キム・ジョンガン)人民武力部長(防衛大臣に相当)も2列後ろに後退していたことから、解任されて1ランク降格(政治局員から政治局員候補へ)された模様である。

29日のいわゆる糾弾会議の映像などから、軍人である李炳哲常務委員が更迭された可能性が高いと見ていたが、このような2ランクダウンというような中途半端な扱いになっているというのは驚きであった。しかも、軍のNo.2である朴正天総参謀長も、政治局員の立場はそのままで階級と党の序列を下げられ、同じくNo.3である金正寛人民武力部長も解任されて降格されているというものであった。今回の一連の人事には、何かしらの金正恩総書記による「深謀遠慮のもくろみ」が隠されているものと見て間違いないだろう。

情報関係者注目の「回転ドア人事」

このように、軍の3本柱が同様な形で降格されて万人にさらされているところを見ると、糾弾に至った原因は、彼らの個人による怠慢や過失というものではなく、軍が有する何らかの権限に関わる組織としての行動が、金正恩総書記の逆鱗に触れたのではないかと推察される。

それにしても、元帥や次帥というのは、階級というよりは功績のあった大将に送られる名誉ある称号である。このような称号を与えた人物を中途半端に降格させて人目にさらし辱めるというのは、民主主義国家ではありえないし、独裁的な指導者を擁する社会主義国家の中でも現在では金正恩ぐらいのものであろう。例えば、同様のことを同じ民族である韓国の大統領が実行したならば、間違いなく朴正煕(パク・チョンヒ:韓国第5~9代大統領、韓国中央情報部長によって暗殺)のような最期を遂げることになるだろう。

金正恩氏(米政府公式flickr:Public domain)

そもそも、金正恩は先代の金正日が亡くなって(2011年12月17日)政権を受け継いだ直後の2012年4月、政治局員で党内序列6位であった人民武力部長の金永春(キム・ヨンチュン)を解任。続いて、7月には軍のトップで政治局常務委員であった李永浩(リ・ヨンホ)総参謀長(統合幕僚長に相当)を党中央委員会政治局会議の場で糾弾した上、すべての役職を解任し更迭した。その後も、特に軍の高官に対しては、これまで常識ではあり得ないような昇任や降任、そして降任者の再昇任というような異例の人事を実行してきており、北朝鮮をウォッチする情報関係者などの間では、「金正恩の回転ドア人事」と呼んで、この成り行きを注視していたところである。

ちなみに、先代の金正日政権においては、軍高官は序列重視で終身職制が基本であり、人民武力部長は17年間で4人(うち2人は死去により交代)であったし、総参謀長も4人であった。これが、金正恩政権になってこれまで9年半余りで人員武力部長は9人、総参謀長はのべ7人(同一人物が2回就任)と目まぐるしく交代しており、この約7割は政権発足後5年以内に行われたものである。これには、28歳の若さで政権を受け継いだ金正恩が、先代から続く長老閥を一掃していち早く自らの政治権限や経済利権の独裁化を図ろうという思惑があったものと思われる。そして、このやり方は決して軍人だけには限らなかった。

金正恩政権発足当初からの実質的なNo.2であった張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長は2013年2月に党籍をはく奪された上に処刑された。これは、彼を中途半端に降格すれば、今後は自分がやられると思ったからであろう。現在の序列No.2である崔竜海(チェ・リョンヘ)政治局常務委員・国務委員会第1副委員長も2014年~2016年にかけて、政治局委員への格下げ、再昇任、格下げ、再昇任と波乱万丈を繰り返して現在に至っている。彼の場合は、張成沢と違って忠誠心があり、自らの脅威とはならないと判断したのであろう。つまり、党の政治局委員であれ軍の高官であれ、金正恩は「自分以外には絶対に権威や尊厳を与えない」ことに徹しているということだ。確かに、独裁者とはそういうものだが、金正恩の場合はそれが激しくて細かい。これは、彼の短気で嫉妬深い性格に起因するところが大きいのではないかと筆者は見ている。

今回の降格人事が意味するもの

問題は、金正恩独特のこの非常識で荒っぽい人事は、結果的に軍人の階級や称号のステイタスを貶めることで軍をないがしろにしているような印象を与え、個人的には根深い遺恨も生み出す危険な行為であるということだ。最悪の場合、クーデターを誘発することにもつながりかねない。

ただ、金正恩はこれを十分に承知していると考えられる。だからこそ、張成沢のような存在は躊躇なく抹殺する一方で、核・ミサイルの開発などで功績のあった軍人の李炳哲や朴正天を大抜擢して政治局常務委員や政治局員に重用し、2人に元帥という称号を与えて軍を重視している姿勢を示したのであろう。また、側近では2度も格下げした崔竜海常務委員を再びNo.2の座に据え、たとえ降格されたとしても、本人の忠誠心と努力次第で再び復帰して出世できるチャンスがあるということを見せているのだろう。

平壌・金日成広場(narvikk/iStock)

つまり、今回の軍トップ3本柱の降格は、3人に対してはもちろん軍に対して、「今回失った信頼を回復したければ、(軍が威信を取り戻せるような)結果を出すことで示せ」と教唆しているものと考えられる。だとすれば、彼らがその地位に抜擢された本来の任務である軍事力の強化(核・ミサイルの開発)で結果を出すのが最も有効であるのは間違いない。この3人は必死になって信頼回復を遂げるため、何らかの形で軍事力を内外にアピールしようとするだろう。例えば、現在開発中のいずれかの兵器の性能試験を早期に成功させようとするなどだ。

昨年10月10日の軍事パレードでは、新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)。本年1月14日のパレードでは、新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)及び新型MRBM(準中距離弾道ミサイル)をいずれも試験用塗装(白黒の市松模様)でお披露目している。そして、未だ試験発射には至っていない。この発射が近く行われるかも知れない。冒頭に紹介した7月8日付の拙稿でも触れたが、北朝鮮は東京オリンピックの蚊帳の外にある。ここ暫くは、十分な警戒が必要であろう。

 

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