オリンピック開会式を前に、パラ金メダル候補が社会に語る「一筋の光」

「人間の可能性は無限」「不自由な状況から立ち直れる」
2021年07月23日 09:00
  • オリンピック開会式を前に、パラリンピック代表の社会へのメッセージ動画
  • かつて病気で絶望もパラ選手から勇気。「人間の可能性は無限」だと悟る
  • コロナ禍で苦しむ人たちへ「予定と違った人生であっても乗り越えられる」

トラブル続きだった東京オリンピックが23日の開会式当日を迎えた。かつて日本人が世界の中でも「オリンピック好きの国民」と評されたのも嘘のように、コロナ渦中の開催を巡って意見が百出。オリンピックを巡って日本国民の世論がこれほど分断されたことは今までになかった。アスリートも複雑な思いで大会に臨まざるを得ない状況に立たされているなか、パラリンピックの車いすレース代表で、金メダル候補の佐藤友祈(ともき)選手(31歳)が22日夜にツイッターに投稿した動画が共感を呼び始めている。

ツイッター@sato_paralympicより

佐藤選手はリオ大会の銀メダリスト。かつては健常者で、静岡県内の高校卒業後、演劇の世界での活躍をめざして上京したが、21歳の時に脊髄炎にかかり、両足と左手の自由を失った。絶望の淵に立たされたが、ロンドン・パラリンピックの車椅子レースを観て競技を開始した。佐藤選手は2013、14年の東京マラソンの車いすレースに出場して上位に入り、15年の世界選手権で400㍍を制覇。翌年のリオパラリンピックの同種目で銀メダルを獲得した。今年に入りプロアスリートとして競技に専念し、自国開催のパラリンピックで頂点を目指している。

動画では「開催についていろんな意見があるのは知っています」とした上で、かつて苦難に直面した自身と、コロナ禍に試練に立たされる人たちを重ね合わせるように、今の思いを語りかけた。

僕は21歳の時、病気で突然の車椅子生活を余儀なくされました。夢をもち上京していましたが、全て白紙になり、気持ちは文字どおりどん底でした。当時は病名すらわからず、とても落胆し、家から一歩も出られない日々が1年半続きました。

そんなとき一筋の光がさし僕は変わりました。それは2012年ロンドンパラリンピックで活躍するアスリートたちを見た時です。国を代表し舞台に立つ選手たちは自信に満ちあふれ、最後まで全力を出し切る姿がとてもかっこよくて気がついたら僕はボロボロと涙を流していました。そして気づいたのです。人間の可能性は無限だということに。

いま現在、みんなが不自由な状況が続いていることと思います。大切な人や友達と会えない、家族と会えない、思うような行動ができない、さまざまな制限が敷かれ、ついえた夢もあると思います。でも、そこであきらめずに、そこから再び、かつて僕が見た夢を持つことで、立ち直れることがあると僕は届けたいと思っています。そして予定と違った人生であっても、仲間や家族やライバルとともに、向きあい、立ち向かうことで、乗り越えられることがあるということを、届けたいと思っています。

開催にあたり、さまざまな意見があることがわかります。しかしいよいよオリンピック、パラリンピックが開催される今だからこそ僕だけではなく、ライバルを含め、可能性を信じ、挑戦する選手たちをただ応援していただきたいです。最後まで聞いてくださってありがとうございます。

 

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