茨の道を潜り抜けた東京オリンピック:大坂なおみが希望の聖火を灯した!

予測の“斜め上”だったクライマックス
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • 近代五輪史上、最も「茨の道」を通ってきた東京オリンピックが開会式
  • 前代未聞の混乱もあったが、困難な時代に癒しと希望を強調する演出
  • クライマックスの聖火リレーは予測の斜め上を行く展開に

1896年から始まった近代オリンピックの歴史上、最も波乱に満ち、最も茨の道を潜り抜けてきた大会が幕を開けた。1964年以来、57年ぶりの開催となった東京オリンピックは、新型コロナウイルスのパンデミックが抑制されぬまま、挙行された。23日夜、新しくなった国立競技場の開会式は世界中の何十億人の人たちが見守る中で行われ、「United by Emotion」(意味は、感動で私たちは1つになる)というメッセージが込められた。史上最多33競技339種目で覇を競うオリンピアンの前で、最終聖火ランナーの大坂なおみが富士山をモチーフにした聖火台に希望の聖火を灯した。

前代未聞の混乱を乗り越えて

新型コロナ禍で史上初めての1年延期。東京は4度目の緊急事態宣言下にあり、大半の競技が無観客。異例中の異例の道のりを歩んだ東京オリンピックは開会式も数々のスキャンダルが発覚し、大会の混乱に拍車をかけた。

昨年12月下旬に野村萬斎氏を統括とする開閉会式の演出チームが解散した。今年に入って、開幕まで4カ月に迫った3月中旬、今度は後任の演出統括、佐々木宏氏が開会式に出演予定だったタレント、渡辺直美さんの容姿を「オリンピッグ」と侮辱し、辞任。大幅な見直しが迫られた。

負の連鎖は開幕月になっても続いた。7月19日には、式典で使う曲の一部を担当したミュージシャン、小山田圭吾氏が障がい者らへの過去の壮絶ないじめ告白で批判を浴び、辞任。前日の22日には開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」を務める元コメディアンの小林賢太郎氏が過去のユダヤ人虐殺の揶揄する演出をきっかけに、表舞台から去った。

式典の挙行も危ぶまれた開会式は冒頭、最新のCGで、1人の選手が一つの種から芽吹き生まれるような演出で始まった。カウントダウンが行われ、国立競技場に藍色と白色の花火が上がった。

過去のオリンピック開会式において、その演出内容は当日までトップシークレットとなる。オリンピック・パラリンピックに共通するコンセプトは「Moving Forward」(前を向いているエネルギー)。組織委員会によるとこのコンセプトには「アスリートの活躍やスポーツの力を通して、世界中の人々に新たな希望や勇気を与えられる大会に」という願いが込められている。

産経新聞運動部記者の森本利優氏は当日23日の朝刊で「悩み抜き、全ての知見を結集させて開幕する『コロナ禍の五輪』には、社会に対するスポーツの存在意義が詰まっている。スポーツには社会を前進させる価値があることを信じている」と記したが、開会式はまさに、困難な時代に癒しと希望を見出せるスポーツの役割が強調される演出となった。

多様性、差別のない世界、平等と平和を訴えるオリンピズムの精神は、開会式で行われたオリンピック宣誓にも表現された。開催国の選手、指導者、審判員の各代表者3人で行っていた宣誓は6人に増え、選手は選手団団長を務める陸上男子の山県亮太選手、卓球女子の石川佳純選手、指導者は柔道男子の井上康生監督、ソフトボールの宇津木麗華監督が大役を担い、「共生」や「差別撤廃」が盛り込まれた。

予測の“斜め上”を行った聖火リレー

クライマックスの聖火リレーは開会式の華だ。近年の傾向を見ると、ここに登場するランナーはその国が誇るアスリートが多く「過去の五輪での複数のメダルを獲得している」「その国のスポーツの発展に貢献している」「知名度があり世界的スターである」「現役はごくわずかにいる」などの条件がある。

筆者はそのうえでこの傾向にあてはまる5人(野村忠宏さん、北島康介さん、大坂なおみ選手、松山英樹選手、羽生結弦選手)を予測したが(前回記事)、実際にはその斜め上を行った。

スタジアムに入ってきたのは、野村さんと女子レスリングで五輪3連覇の吉田沙保里さん、その次にプロ野球で活躍した長嶋茂雄さん、王貞治さん、松井秀喜さん。さらに、コロナ禍で献身し続ける医師と看護師、さらにパラリンピアンの土田和歌子さんに引き継がれた。

最後は、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島出身の6人の子どもに聖火はリレーされ、最終ランナーの大坂選手が富士山をモチーフにした聖火台に火を灯した。

第1次世界大戦とスペイン風邪に苦しんだ直後に行われた1920アントワープ五輪の歴史が今も語り継がれている。史上初めて延期となった2020東京五輪の開会式はきっと、世界中の人たちの脳裏に刻まれるはずだ。

24日、いよいよ競技が始まり、それぞれの競技でメダルが決まっていく。1964年、戦後復興の道を歩みだした日本で、オリンピアンの奮闘がどれだけ、多くの子どもたちに前を向く推進力を与えたことか。開会式であいさつした組織委員会の橋本聖子会長は東京に集ったアスリートに対して「困難の中でも立ち止まることのない姿に、私は同じアスリートとして、全てのアスリートを誇りに思います」と語った。

より速く、より高く、より強く--。逆境に立ち向かっていくため、スポーツの底力を見せてほしい。東京での連帯が、世界中の人々に笑顔をもたらしますように。

 
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

関連記事

編集部おすすめ

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

人気コメント記事ランキング

  • 週間
  • 月間

過去の記事