開会式回顧:僕らはいつまで「長嶋茂雄」に甘えればいいのだろうか
ミスターの勇姿に感動も、複雑な思い- 開会式を見た編集長コラム。長嶋茂雄さんの登場に感動も複雑な思い
- あえてドライな見方をすれば、政権与党や電通にはプラスの効果
- 令和になってもまだ昭和のスターに依存する日本社会の構造浮き彫り
東京オリンピック開会式終盤、リハビリ中の長嶋茂雄さんが松井秀喜さんに支えられながら聖火リレーに登場したことがハイライトになったことは言うまでもない。ネット上だけでなく、筆者の身内や友人たちからも感動の声があがった。
アテネ五輪で日本代表監督を務めるはずだったミスターが脳梗塞に倒れてから実に17年越しの「五輪初出場」。闘病と85歳という高齢をおして檜舞台に立つ執念はいまなお「アスリート」だった。筆者も中継の間は、長嶋さんの勇姿に敬服する思いだった。
長嶋効果に依存する構造
しかし、一夜明けて冷静になってみると、複雑な思いが頭をもたげてきた。日頃取材で世話になっている大ベテランの国会議員秘書が筆者に連絡してきて「見ていて切なかった」と感想を明かしていたが、筆者もまた長嶋さんに日本社会が「甘えて」しまったような思いにもとらわれてしまう。長嶋さんの勇姿に感動した人たちの比率は大スターの生き様をリアルタイムで見てきたシニア世代の方が多いことは想像するにかたくない。
ただ、あえて永田町の政局的な視点でドライに述べると、この人たちは投票率の高い世代でもある。政権与党にとっては、長嶋さん登場による感動シーンが、コロナ禍での開催などで不満や怒りが燻り続けていた世論を多少なりとも改善する効果はある。どういう経緯で長嶋さんが開会式に登場する企画が持ち上がったのかはまだ明らかにされていない。週刊文春などが開会式の企画のいくつかに政治家らの発案でねじ込まれたものがあったと報じているが、これが現場のクリエイターたちによる発案であったとしても、結果として政権浮揚に多少なりともポジティブな効果はあるだろう。前代未聞の不祥事連発で、世間の厳しい目が向けられていた電通にとっても、長嶋効果にプラスはあってもマイナスはあるまい。
改めていうが、長嶋さんが一人のアスリートとしてオリンピックの開会式に出てこられたことは実に尊いことだ。その姿に勇気づけられ、コロナ禍の苦難を生き抜く活力につながることは歓迎している。
しかし、石原裕次郎、美空ひばりに並ぶ昭和の大スターであり、高度成長期のシンボルのような長嶋茂雄さんを、平成の30年を終えて、令和になってもまだ「ご出馬」頂かねばならない現実をどう捉えたらいいのだろうか。日本社会の依存する構造を見てしまう思いだ。
「21世紀も長嶋監督で」いいのか
振り返れば、野球ファンのみならずメディアも大衆も、平成の30年、長嶋茂雄に甘え続けた。長嶋さんが1980年に巨人軍1期目の監督を解任された後、12年の浪人生活を経て現場復帰したのが1992年(平成4年)秋。直後のドラフト会議で4球団の競合となった松井さんを長嶋さんが自らの手で当たりくじを引く運命の出会いを経て“メイクドラマ”は始まった。翌年の現場復帰は、Jリーグのスタートでプロ野球人気がかつてないピンチが指摘された中、長嶋・松井師弟コンビの存在が野球人気の復興をもたらす要因の一つになった。
一方で長嶋人気のリバイバルで、2度目の長嶋政権は、後年の国政で再登板した安倍首相の政権のように長期化した。1997年から3年連続でV逸。それでも絶大なカリスマがあるだけに後継監督へのバトンタッチは容易ではなかった。2000年に王さん率いるホークスとの日本シリーズ「ON対決」を制した時が勇退のタイミングになってもいいはずだったが、結局、翌年まで指揮を取ることに。留任が決まった当時のスポーツ紙に「21世紀も長嶋監督で!」というような見出しが踊っていた記憶がある。
背番号3のユニホームを脱ぎ、後任の原辰徳監督は就任1年目で日本一。松井選手や高橋由伸選手ら教え子がチームを引っ張る存在に成長し、長嶋さんも少しはゆっくりしていただけるのかと思いきや、オリンピックの野球にプロが参加できるようになった2000年のシドニー大会で日本がメダルを逃したこともあり、長嶋さんは今度はジャパンのユニホームを着ることに。韓国などと際どい接戦を演じた末に予選を通過したものの、アテネに向かう数か月前に脳梗塞に倒れ、それからのことは周知の通りだ。
東京ドームの外野にある警備会社の広告看板からは、今でも元気だった頃の長嶋さんの笑顔が輝きを放っている。長嶋さんのことをメディアは長らく「太陽のような存在」と評し、実際に多くのドラマを見せていただいてきた。しかし巨人軍監督を退任して今年で20年、闘病生活に入って17年。85歳の国民的スターにいつまで甘えてしまうのか。日本社会の「変われない」構造の根深さをシンボリックに感じ、問いかけることは罪なことだろうか。
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